二人が離れていく様子を眺めていると、すぐに他の招待客が寄ってきた。

 返事を返すことができずに慌てていると、それを見ていたミラルカがすかさずフォローに入った。

「申し訳ございませんお客様、エメラルド様は喉のご病気の治療中で喋ることが出来ないのです。なにとぞご容赦くださいませ」

「そうなのか、じゃあ仕方ないね。よければダンスのお相手をお願いできますか?」

 男性に言われて、エルは頷いた。

 断ることもできるが断る理由もなければ断る口もない。それに、今はネリウスのことを考えたくなかった。

 ネリウスが他の女性と踊ることなんて考えてもみなかった。ずっと自分と一緒にいるものだと思っていたし、ネリウスも自分を他の男性と躍らせるつもりもなさそうだった。

 だけど蓋を開けてみれば……ネリウスは他の女性と踊っている。自分は他の男性と踊っている。あんなに憧れたこのダンスホールで、ネリウス以外の手を取っていた。

 横目でネリウスとアレクシアの姿を確認したエルは落胆した。二人はとても釣り合っているように見えた。

 傍目から見ればクールな印象のネリウスと、大人っぽい魅力のアレクシアは誰がどう見てもお似合いだ。

 アレクシアはすらっとして背も高い。その赤いドレスがアレクシアの色気を助長しているように見えた。

 そうでなくとも彼女は美しい容姿をしていて、エルは気が気ではなかった。

 自分ときたら、子供っぽくて、背は低い。自分の正確な年齢は知らないが、ネリウスやアレクシアよりは確実に下だ。あんなに綺麗な黒髪でもなければ、知的さもない。

 アレクシアはフォーミュラー公爵の娘。生まれながらのお姫様だ。気品に満ちていて、堂々としていて、まるで女王のような風格を持っている。

 それに比べて自分はなんてみっともないのだろうか。こんな自分がネリウスと踊りたいなんて、恋人だなんて、笑われてしまう。だからネリウスも言いたくなかったのだろうか。

 笑って頷いたくせに、体は全身で拒絶している。

「行かないで」と言いたいのに、声が出ない自分には引き止めるすべもない。引き止める資格もない。

 ネリウスが他の女性と踊るのを見るのが堪らなく辛い。胸が張り裂けるような思いだ。
 
 それからしばらく踊りに誘われたが、踊りにはまるで集中できなかった。ただネリウスが、ネリウスだけに意識が集中していた。