ミラルカは温めたホットレモンティーを手に扉を叩いた。

 エルが倒れてから一晩経った。もう目を覚ましている頃だろうか。昨夜医師の話を聞いてからどうにも気がかりで眠れなかった。

 三年前、エルがこの屋敷に運ばれてきた時のことを思い出した。

 初めて出会った時のエルはとても細くて小さかった。傷だらけでぼろぼろで、まともな生活を送っていないことが一目でわかるほど惨めな姿をしていた。

 そしてその姿同様、エルは心が傷付いた少女だった。

 あれから幾度となく接し、心を開いてもらえるよう努力した結果今がある。ミラルカにとってエルは娘のような存在になっていた。

 だから、早くまた元気になってほしい。明るい笑顔を見せて欲しい────。

 ミラルカは深呼吸して、扉をノックした。ドアを開け、エルが眠っているはずのベッドを覗き込む。

 しかし期待していたものは見えなかった。ベッドから顔を覗かせていたのは、ここに来た時以上に絶望したエルの顔だった。

 怯えきった目で、ミラルカを見つめていた瞳からは涙が溢れていた。震えた手で布団をぎゅっと握りしめ、ミラルカが動くのを今か今かと見つめている。

 ミラルカは、ようやくそこで自分がしたことがエルが寄せてくれた信頼を大きく裏切ったのだと気付いた。

 そんなエルに声をかけるなど出来なかった。結局一言も発することもできず、その場から逃げるように扉を閉めた。そしてそのまま、ぺたんと床に座り込んだ。

「わ、たし……な、なんてことを……っ」

 エルのあの瞳が、ようやく目線を合わせてくれたのに。瞳は絶望と悲しみ、裏切り、負の感情が入り混じって、それが涙になっていた。

 だからエルが今何を考えているか、手に取るようにわかった。

 それはここに来てからずっとエルの世話をし続けて来たからこそ、言葉なきエルの理解者だったからこそ分かることだった。

 ミラルカはそこに座り込んだまま、動けなかった。

 もう、エルを慰めることもできない。励ますことも────。

 今まで一番理解してくれていたと思っていた人間のせいで、最も会いたくない人間に合わせる結果になってしまった。

「ぅっ……う……どう、して……っ……どうして……! あ……あんなこと……っ」

 どうして、自分はあんなことを言ってしまったのだろう。

 あの時、エルはきっと、ネリウスのことが好きなのだと思った。だから少しでもお手伝いできたらと……そう思って勧めたのに。

 エルが笑ってくれるなら自分も嬉しいと思って、ただ喜んで欲しくて。

 ────なのに。

 もう自分には、エルのそばにいることも許されない。言い訳すら────。