予定よりも早く帰宅したネリウスに、ミラルカが悲鳴を上げた。

 その視線は腕の中でぐったりとしているエルに向けられていた。

「エル様! どうなさったんですか!?」

 慌てて駆け寄ってきたミラルカにネリウスは早口に告げた。

「ミラルカ、医者を呼べ」

 低い声で事態の緊急性を伝えると、ミラルカはすぐに動いた。ネリウスはエルを抱えて二階へ急いだ。

 騒がしいと感じたのか、休んでいたファビオ達も起きて上がってきた。だが、説明する余裕などなかった。エルは相変わらず気を失っていて、それが不安を掻き立てた。

 しばらく待っていると、バタバタと音がした。ミラルカと医者が慌てて部屋の中に入ってくる。

「ベッカー様、すぐ診察しますので一旦後退出をお願いします」

 部屋の外に出ると、ネリウスは気が抜けて廊下に座り込んだ。上からミラルカの声が降ってくる。

「旦那様、一体なにが……」

「……あとで話す」

 ミラルカは、静かに頷いた。

 その数十分後、診察を終えた医者が部屋から出て来た。

「見た分には問題はなさそうですが、詳しく診断したいのでその時の状況を聞かせて頂けないでしょうか」

 医者にそう言われ、ネリウスは先ほど起こったことを一部始終伝えた。

 ミラルカもネリウスも同じことを考えたかもしれない。わなわなと肩を震わせ唇を噛み締めていた。

「以前診察した時にも申し上げましたが、虐待の傷はそんな簡単に消えるもではありません。特に、心の方は……」

 あの男はエルを囲っていた男だったのだろうか。だが、そうでなければエルがあれほど怯えるわけがない。

 まさかあんな場所にいるとは思いもしなかった。ネリウスは激しく後悔した。こんなことならパーティなど連れて行かなければよかった。

 医者を返したあと、ミラルカははらはらと涙を流した。

「ごめんなさい……私が、パーティーに連れていってなんて言わなければ……エル様は……エル様は……」

「……もう、起こったことだ。今さら言ってもはじまらない」

 それより問題はエルが目覚めた時どんな反応をするかだ。