エルは慌ててネリウスから視線を逸らした。

 胸が詰まったような感覚がして苦しい。足と手ばかりが動いて、ネリウスの顔を見ることが出来ない。

 練習していた時もそんなことがあった。目があって、お互いに動けなくなったことが────。

 本当は、ずっとその瞳を見ていたい。そう思っているのに体が言うことをきかない。

 掌の温度も。腰に回された手も。近づいた時に僅かに触れた胸からも────鼓動が伝わってくる。

 それはけして緩やかではない。急いで駆けてきた後のように早いものだ。ネリウスも緊張しているのだろうか。

 エルはその鼓動の意味を確かめたくなって、もう一度勇気を出してネリウスの瞳に視線を合わせた。

 お互いこんなに近くで見つめ合うのは何度目だろうか。時が止まったかのように、その瞳以外目に入らなくなった。

 吸い込まれそうな美しい色に、息をしていることさえ忘れてしまった。

 音楽が鳴り終わったことにも、しばらく気付かないでいた。



 やがて長いようで短い時間が終わり、パーティはお開きとなった。

 帰りの馬車に揺られ、二人は無言のまま向かい合った。

 エルは気不味かった。気持ちを自覚してしまっただけに、今までのような態度を取れなかった。

 早くこの場から離れたい。部屋に帰って一人になりたい。そうでもしなければ、この感情を相手に悟られてしまうような気がした。

 踊っていた時より二人の距離は離れているのに、益々鼓動が早くなる。

 やがて屋敷に着くと、ミラルカが出迎えてくれた。

 笑顔の彼女に少し安心しつつも、エルはネリウスに深々と頭を下げると、慌てて二階に向かった。

 部屋に戻ると倒れこむようにベッドにうつ伏せになった。ようやく誰もいない場所にこれて安心した。

 早くドレスを脱ぎたくて仕方ない。このネックレスも────ネリウスを思い出すものは全部、取り去らないと。でないとこの鼓動を抑えられそうにない。

 それなのにまだネリウスの感触を覚えていたくて、触れ合った箇所を指でなぞる。

 きっとこれは、シンデレラのようなおとぎ話の夢だ。だから、朝になったら消えている────。そう無理やり思い込ませるしかなかった。

 だけど皮肉なことに、ネリウスのことをを考えて目を閉じると、幸福な記憶がまるで子守唄のように眠りへと誘った。

 あまりにも幸せな夢だった。