ネリウスはなんとか仕事の都合をつけて、エルとの時間を作った。

 まさかオーケーしてもらえるとは思わなかった。エルとは約一年ぶりに話すことになる。

 ベッカー侯爵邸にはダンスホールが存在するが、滅多に客を招かないため長いこと使っていない。ネリウスや従者にとっては久しく入っていない開かずの間となっていた。

 ミラルカは二人のために朝からそこを掃除して、なんとか使えるようにしたらしい。

 ネリウスはそれが分かっているからなんだか落ち着かなかった。

 踊りなんて、社交界のお世辞と同じくらいどうでもいいものだ。付き合いでエスコートすることはあるが、相手の顔すら覚えない。適当な言葉に適当なダンス。今まではただ時間を潰すだけのものだった。

 それなのにいざ本気で相手をエスコートすると思うとこんなに緊張する。

 まだエルがホールに現れてもいないのに、ネリウスは扉ばかり見ていた。

「いいですか旦那様! 優しく、丁寧に、紳士的にですよ!?」

ダンスを教えると言ってからミラルカはずっとこの調子だ。エルを心配しているというより、ネリウスが心配なのだろう。

 エルにまたぶっきらぼうな態度をとって怖がらせないか、とか失礼な態度を取らないかとか、そんなことを気にしているに違いない。

「……うるさいぞ。やりたいならお前がやれ」

「あら、いいですよ? 旦那様以外ならファビオでもジャックでも頼む人はいくらでもいますから」

「……ったく」