仕事から戻ったネリウスは夕食もそこそこに書斎へ戻った。

 時刻はもう九時を回っている。だが、やることはまだ残っていた。

 マントを脱いでソファにかけると、普段そこにない色が部屋にあることに気が付いた。

「なんだ……バラか」

 見慣れないものが部屋にあって驚いた。書斎机の上に置かれたバラの花は、色味の少ない部屋で異彩を放っている。

 一体誰がこんなものを置いたのだろうか。ミラルカは普段この部屋に花を飾ることはない。ヒューク、ファビオも違うだろう。

 消去法で頭の中にエルが思い浮かんだ。

 エルとは久しく話していない。あれから屋敷でたまに見かけるが、ここにきた時とは別人だと思うくらい洗練されて美しくなっていた。

 手紙も頻繁に送ってくれるが、目を通しているのに返事が思いつかずいつも無視しているような形になっている。

 エルはあれから必死に勉強したらしい。読み書きが上達したことは手紙を見たら分かる。

 けれど何か言いたいのに言えない。もどかしくて避けていたら、いつの間にかこんなに時が流れていた。

 赤いバラはエルが選んだのだろうか。そう思うと興味のなかった花も不思議と大切に思えてくる。

 数ある花の中から、どうして赤バラを選んだのか。自分のイメージだろうか。

 じっと見ていると部屋の中にぽつんと置かれているそのバラが、なんだか自分自身のように思えてきた。

 近づかないエルを傷付けたくないからだ。

 話すと自分でも訳が分からなくなる。本当は、晩餐の時ももっと色々聞きたいのに、口がうまく動かせない。

 見かけた時、声を掛けたい。ファビオやジャックと話すときに向ける笑顔を、自分にも向けて欲しい。

 話さない間にエルは成長しているのに、距離をあけたままだったから未だに自分の中では遠い存在で、話すだけでも怯えさせてしまいそうで怖かった。



 翌朝、ネリウスは書斎にファビオを呼んだ。

 普段ファビオは書斎に来ることが滅多にないので、呼び出されたこと驚いていた。

「えっと、何かご用ですか?」

「お前に探して欲しいものがある」

「はい、なんでしょう」

 ネリウスは一枚の紙をファビオに手渡した。

「え? これって……」

「見つかるまで帰ってくるな」

「うーん、探してもありますかね……。旦那様、これってもしかしてエルに────」

「いいから早く探しにいけ」

 ピシャリと言うとファビオは慌てて書斎を出た。

 ネリウスは深いため息を吐き、頭を抱えた。