挨拶が終わり、エルは緊張で握りしめていた手を少し緩めた。

 皆賑やかだ。気を遣ってくれているのがよく分かる。

 それに、まともに見たネリウスはびっくりするほど綺麗な男の人だった。

 今まで自分が見ていたのは、とにかく怖くて、気持ち悪くて、もう言い表せないほど嫌な「男」だった。

 それと比べるのはネリウスに失礼だろうが、お世辞抜きに美しいと思えた。

 だが、ネリウスはあまり饒舌ではない。

 食事している最中もほとんど喋らないし、ミラルカが喋ることにも「ああ」とか「そうか」とかしか答えない。

 喋るのが嫌いなのだろうか、と思うほどだ。

 だからミラルカは文通を提案したのかもしれない。

「────ですから、今度エル様を湖にお連れしたいと思っているんです」

「好きにしろ」

「と言うことで、明日は湖に行きましょう」

 エルが他のことを考えている間に、何かの話がまとまったようだ。エルは紙に書いて尋ねた。
 
「お屋敷の敷地内に湖があるんです。とっても綺麗な場所なんですよ。今の時期なら水も澄んで魚が見えるかも……」

 ミラルカの言う「湖」は見たことも聞いたこともないものだった。

 物心ついた時からあの暗い部屋で過ごしていたエルには、知らないことの方が多い。

「ミラルカ。一人で盛り上がってないでちゃんと説明してやれ」

「え? あ、ごめんなさい! つい楽しくって……」

 ミラルカがはしゃいでいると、ネリウスが嗜めた。

「ごめんなさいね。私、エル様をいろんなところへお連れしたいと思っているんです。それで、最初は近いところからってことで湖に行こうかなと思ったのです」

 ミラルカの言わんとしていることは分かった。エルも、部屋でじっとしているのは退屈だった。

 この屋敷は危険なものがない。外に出ても怖い思いをすることはない。だから自然と外に行きたいと思えた。

「エル様さえ良ければ、天気のいい日にお連れしたいわ。どうでしょう?」

 改めて同意を求められたが、特に断る理由はない。

 湖が今の所どんな場所かも分からないが、ミラルカがいいという所なら悪い場所ではないのだろう。

 エルは同意を込めて頷いた。

「よかった! じゃあ、明日はシェフにお弁当を作らせて、ジャックに荷物持ちをしてもらいましょう」

「おいおい、俺もか?」

「あら、嫌なの?」

「いや、ガードマンの仕事は……」

「屋敷にはどうせ旦那様しかいないんだから大丈夫よ」

「おいミラルカ。どういう意味だ?」

「旦那様なら、私共がいなくとも果敢に戦われるだろう、と申し上げたのです」

「思ってもないことを言うな。お前は湖に行きたいだけだろう。……まぁいい。ジャック、行ってこい」

「まぁ、旦那が言うなら……仕方ねえな」

「エル様、楽しみですね!」

 ミラルカが笑っているのを見ると、自然と顔が綻んだ。