また、世界が輝き出す

それから数週間経った。
最近は雨の日が続いている。梅雨の時期に入ったのだろう。

僕は、雨が嫌いだ。
心まで曇っていくような気がするから。
青空に感動もしなければ、雨空になるとさらに気分が下がる。
僕は後ろ向きな感情しか湧かないのか、と自分自身を嘲笑した。

蒸暑く、ジワジワと嫌な汗が滲み出てくる。僕はコンビニでアイスでも買おう、と傘を持ち外へ出た。
人通りはいつもより少なく、静かに雨の音だけが僕に纏わりついてくる。
いつものようにまた公園の前を通り過ぎようとした時、微かにカシャッ、と言う音が耳に入ってきた。

まさか、と横目で公園の方に目をやると、予想通り、写真を撮っている彼女がそこに居た。
しかし予想に反して、そこに居た彼女は傘もささない、ずぶ濡れの姿だった。

彼女は僕には気付いていなかった。必死に上を見上げ、雨空を撮っている。
僕には関係の無いことだ。
僕は、公園の前をそそくさと通り過ぎた。

僕はコンビニに着いて、アイスだけ買おうとレジに並んだ。
次の方どうぞ〜、と店員に促され前に進む。

ずぶ濡れで写真を撮る彼女を思い出す。

僕も人の心が無くなった訳では無いようだ。
『…すみません、これも』
『かしこまりました〜。2点で720円になります』
アイスと、傘を1つ買って店を出た。

少し早足で、公園へ向かう。
公園には来た時と変わらず、写真を一生懸命に撮る彼女が居た。
関わらないと決めたはずなのに、すぐ揺らいでしまう僕が居る。僕は自分から彼女に話しかけてしまった。

『…ずぶ濡れで何してるの』
傘を差し出しながら彼女に問いかける。話しかけるまで僕に気付かなかったようで、彼女は小さく肩を震わせながらキャッ、と声を上げた。

『蒼太…わざわざ傘持ってきてくれたの?』
『風邪引くよ、ほら傘。どうしてこんな日に写真なんか…』
『傘、ありがと。雨だから、だよ』
『え?』
『蒼太、雨の日は嫌い?』

彼女は目を合わせず、空を見つめながら僕にそんな問いかけをしてきた。

『…嫌い、かな。気分まで暗くなる感じがするから』
『私は好き』
『…どうして?』
『雨空があるから、青空が綺麗だって感じることが出来ると思うの』

僕は次の言葉が浮かばず、黙ってしまった。
久しぶりに聞いた彼女の、綺麗で儚いような言葉に、胸が苦しくなった。

彼女はようやくこちらを向く。強い眼差しを向けられ、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

『蒼太はどうして私を避けるの?』
『…僕にはもう、君と関わる権利は無い』
『権利って何?そんなの必要無いわ』
『あの時、僕は君を汚した。…綺麗な君を傷付けたのは、僕だ』

傘をさしているはずなのに、頬に濡れた感覚がする。
僕は、気付いたら涙を流していた。
情けないにも程がある。

『蒼太が私に何を思っているのか分からないけど、私は、変わらないよ。ねえ蒼太、空、見てみて』

言われるがまま上を見上げると、雲の間から一筋の光が指していた。少しずつ少しずつ、そこから広がっていくように晴れていく。

『蒼太は私を汚してなんか無いよ。過去の辛い出来事じゃ無くて、私自身を見て』

揺るぎのない眼差しでそう言ったかと思うと、彼女はおちゃらけるようにして変にカッコつけたポーズをとる。
『どう、私、汚れてるように見える?』

僕はフハッ、と笑みがこぼれた。
彼女も僕につられて笑みをこぼす。

彼女の言葉によって、行動によって、どんどん僕の視界に光が戻っていく。鮮やかになっていく。

『ごめん、凛花は綺麗だ』

そう言うと凛花は優しく微笑んだ。

2人でブランコに座り、お互い空を見つめながら会話をする。

『私は、蒼太の撮る写真が好き。蒼太のことが好き。だから、蒼太が辛い過去にだけ囚われて苦しそうに生きてるのは、私も苦しいよ。どうして辛いものばかり気にして楽しいものは見ようとしないの?』
『凛花…』
『だからね、私、素敵な写真たくさん撮って蒼太にまた写真撮りたい!って気持ちにさせてやろうと思ってたの。そしたらまさかカメラ落として蒼太に拾ってもらえるとは思わなかったよ』
『…それだけの為に僕と同じカメラ買ったの?』
『それだけじゃないよ、私からしたら。蒼太と同じカメラだったら蒼太みたいに綺麗な写真撮れるかなって思ったんだけど、生憎、才能はあんまり無かったみたい…』
『ははは、ブレブレだもんね、凛花の写真』

その僕の言葉を聞いた瞬間、凛花は顔を真っ赤にした。言ってから失言したと気付く、僕の悪い癖も変わらないようだ。

『蒼太………見たの…?』
『あ、ごめん、拾った時電源が入ったままだったから興味本位で、つい……』

彼女が頬を膨らませながら僕を睨む。
彼女の言動一つ一つが愛おしくて、僕は思わず口角が緩んだ。

心から笑えたのは、いつぶりだろう。
綺麗だと思えたのは、いつぶりだろう。
僕はいつの間にか、綺麗なものを見ないようにしていた。
心に目隠しをしていた。

雨空があるから、青空が綺麗に見える。か。
僕には無い、彼女の考え方が好きだ。
いつの間にか僕の考えまで軽く変えてしまうくらいに。

僕は、彼女のことが好きだ。
蓋していた気持ちが一気に溢れ出そうになる。

空はあっという間に青空に変わった。
彼女と2人、ブランコに乗りながら空を見つめる。コンビニで買ったアイスを口にしながら僕は言った。
『また、写真撮ろうと思うよ』
『うん』

彼女は気持ちよさそうにスーッと深呼吸してから言った。
『私を撮ってよ、蒼太』