麗奈の話を聞くために、誰もいない救護室を借りた。部屋の外はもう日が沈んでいるのに雑音や放送は多かったが、部屋に入るとそれも遠くの出来事のように思えた。綺麗な床や壁が、怖さをひき立たせていた。
「さ、座って。しばらくここ借りれるから」
「ありがとうございま〜す」
「助かる」
大人しく座った俺たちを待ち構えたように、麗奈は早速口を開いた。
「私が知ってる中での怪しい人物を教えるから、ちゃんと覚えとくんだよ」
「メモ取りますっ」
そう言って万由子は胸のポケットからメモ帳を取り出した。最近発売されたゲームのメモ帳だった。この時、万由子がゲームも大好きだと知った。題名はたしか『パラサイト』だったか。シリーズで出ていて、当時は三作目が出たばかりだった。
後から知ったことだが、このゲームも謎解き要素が強く、よく見てよく調べることを基盤としていた。だから、万由子にはピッタリのゲームだった。
実は俺も一作目が出た時に、初めてお袋に強請ったことがあったが、そんな難しいゲームはやめなさいと言われてやむを得ず断念した。今思えば、その通りだと思う。
「怪しい人物は三人。まず、その歴二十年のベテランパイロット『隆二』。次に、人気はうなぎ上りの客室乗務員『若菜』。最後に、腕は確かと評判の新人整備士『雪』。私の中ではこの中の誰かが怪しいと睨んでるね」
誰が犯人でもおかしくなさそうなラインナップだと思った。小さい頃に見た数少ない推理ドラマの記憶では、こんな役職の人が犯人ということも少なくなかった気がする。もっとも、現実では全く違うかもしれないが。
「この中の誰かが犯人…うーん」
「ま、そうと決まったワケじゃないけどね」
万由子はメモを見ながら考え込んでいた。さすがに手がかりが無い状態では何もできないから、もう少し話を聞きたかったが、助手が勝手に動くのはいいのかどうか迷ってしまった。そう思えるのも、心の中では自分とはあまり関係が無いと思う部分があったからだろう。
しかし、その心配は無用だったらしい。
「あの、他にも何かありませんか?」
「他かあ…何かあったかなあ」
さっき、麗奈は自分のことを下っ端と言っていたから、知っていることにも限りがあったのだろう。
「どんなに小さなことでもいいんです」
「うーん……。あ、そう言えば、ブラックボックスが壊れてたから、細かい所までは分からないってさ」
「よほど大きな事故だったんだな」
「でも、ただの墜落事故でそれまで壊れるって、何かあるんじゃないかって思うよ」
たしかに、ブラックボックスは高水準の耐久性や耐火性などがあるはずだ。それが墜落事故程度で壊れたとなると、ブラックボックスの方に問題があったのではないかと考えるのは自然なことだ。
「ま、犯人探しはまた後日にしなよ。今日はもう遅いからさ」
時計を見ると、午後七時を過ぎていた。ここに来た時間がそもそも遅かったせいか、時間が早く思えた。
ただ、俺はこの時間で問題が無くても、万由子は別だ。当たり前の家庭がある家に帰らなければならない。
「今日は帰るか」
「そうだね…」
学校から空港まで行くのに二時間近くかかったから、帰りも同じ時間がかかるとなると、九時を軽く越えてしまう。そうなれば、疑われるのは俺だろう。こんな時間まで連れ回した男だと思われるだろうか。…考えても仕方ない。
「じゃ、そこまで送るよ」
「色々、ありがとうございました」
「いいえ。頑張ってね、探偵の卵ちゃん」
万由子と麗奈は、すっかり打ち解けたような様子だった。麗奈も口こそ悪いものの、根本は万由子と通じるものがあったのかもしれない。
俺はそれが羨ましかった。気付けば転校や引っ越しを繰り返したり、その先で顔見知りをまた新たに作ったり、強く結び合う仲になったことはほとんどない。今でこそ内情を知り、悪く言えば立ち回り方も知っているからそこまで思うところは無いが、当時は寂しかったし、怖くもあった。
周りからは年相応な振る舞いをすることをよく求められたが、俺個人としてはその方がずっと難しかった。
バスに乗り、万由子の両親を思い浮かべていた。優しい母親、静かに見守る父親。あの家庭に万由子がいない所を思い浮かべ、それと同時に悲しむ両親の顔も容易に想像できた。
「こんな時間まで大丈夫なのか?」
多少の下心はあったかもしれない。
「今日中に帰れば大丈夫。だから、心配ないよ」
返ってきたのは予想と反して明るい答えだった。安心したというか、少しがっかりしたというか。
「(俺の知らない俺って、こんな感じなのか)」
脳科学的には、自分という人物は、あらゆる人格が結び合って作られた存在だという考え方があると聞いた。それらを統治するだか何だかはよく知らないが、知らない部分があっても仕方ないのではないかとも思った。
「さ、座って。しばらくここ借りれるから」
「ありがとうございま〜す」
「助かる」
大人しく座った俺たちを待ち構えたように、麗奈は早速口を開いた。
「私が知ってる中での怪しい人物を教えるから、ちゃんと覚えとくんだよ」
「メモ取りますっ」
そう言って万由子は胸のポケットからメモ帳を取り出した。最近発売されたゲームのメモ帳だった。この時、万由子がゲームも大好きだと知った。題名はたしか『パラサイト』だったか。シリーズで出ていて、当時は三作目が出たばかりだった。
後から知ったことだが、このゲームも謎解き要素が強く、よく見てよく調べることを基盤としていた。だから、万由子にはピッタリのゲームだった。
実は俺も一作目が出た時に、初めてお袋に強請ったことがあったが、そんな難しいゲームはやめなさいと言われてやむを得ず断念した。今思えば、その通りだと思う。
「怪しい人物は三人。まず、その歴二十年のベテランパイロット『隆二』。次に、人気はうなぎ上りの客室乗務員『若菜』。最後に、腕は確かと評判の新人整備士『雪』。私の中ではこの中の誰かが怪しいと睨んでるね」
誰が犯人でもおかしくなさそうなラインナップだと思った。小さい頃に見た数少ない推理ドラマの記憶では、こんな役職の人が犯人ということも少なくなかった気がする。もっとも、現実では全く違うかもしれないが。
「この中の誰かが犯人…うーん」
「ま、そうと決まったワケじゃないけどね」
万由子はメモを見ながら考え込んでいた。さすがに手がかりが無い状態では何もできないから、もう少し話を聞きたかったが、助手が勝手に動くのはいいのかどうか迷ってしまった。そう思えるのも、心の中では自分とはあまり関係が無いと思う部分があったからだろう。
しかし、その心配は無用だったらしい。
「あの、他にも何かありませんか?」
「他かあ…何かあったかなあ」
さっき、麗奈は自分のことを下っ端と言っていたから、知っていることにも限りがあったのだろう。
「どんなに小さなことでもいいんです」
「うーん……。あ、そう言えば、ブラックボックスが壊れてたから、細かい所までは分からないってさ」
「よほど大きな事故だったんだな」
「でも、ただの墜落事故でそれまで壊れるって、何かあるんじゃないかって思うよ」
たしかに、ブラックボックスは高水準の耐久性や耐火性などがあるはずだ。それが墜落事故程度で壊れたとなると、ブラックボックスの方に問題があったのではないかと考えるのは自然なことだ。
「ま、犯人探しはまた後日にしなよ。今日はもう遅いからさ」
時計を見ると、午後七時を過ぎていた。ここに来た時間がそもそも遅かったせいか、時間が早く思えた。
ただ、俺はこの時間で問題が無くても、万由子は別だ。当たり前の家庭がある家に帰らなければならない。
「今日は帰るか」
「そうだね…」
学校から空港まで行くのに二時間近くかかったから、帰りも同じ時間がかかるとなると、九時を軽く越えてしまう。そうなれば、疑われるのは俺だろう。こんな時間まで連れ回した男だと思われるだろうか。…考えても仕方ない。
「じゃ、そこまで送るよ」
「色々、ありがとうございました」
「いいえ。頑張ってね、探偵の卵ちゃん」
万由子と麗奈は、すっかり打ち解けたような様子だった。麗奈も口こそ悪いものの、根本は万由子と通じるものがあったのかもしれない。
俺はそれが羨ましかった。気付けば転校や引っ越しを繰り返したり、その先で顔見知りをまた新たに作ったり、強く結び合う仲になったことはほとんどない。今でこそ内情を知り、悪く言えば立ち回り方も知っているからそこまで思うところは無いが、当時は寂しかったし、怖くもあった。
周りからは年相応な振る舞いをすることをよく求められたが、俺個人としてはその方がずっと難しかった。
バスに乗り、万由子の両親を思い浮かべていた。優しい母親、静かに見守る父親。あの家庭に万由子がいない所を思い浮かべ、それと同時に悲しむ両親の顔も容易に想像できた。
「こんな時間まで大丈夫なのか?」
多少の下心はあったかもしれない。
「今日中に帰れば大丈夫。だから、心配ないよ」
返ってきたのは予想と反して明るい答えだった。安心したというか、少しがっかりしたというか。
「(俺の知らない俺って、こんな感じなのか)」
脳科学的には、自分という人物は、あらゆる人格が結び合って作られた存在だという考え方があると聞いた。それらを統治するだか何だかはよく知らないが、知らない部分があっても仕方ないのではないかとも思った。


