~R.1.8.13 三日目 雨~
夜中にひっそりと降りだしたらしい内気な雨は、朝になって勢いを増し火照った海沿いの町を冷やし続けていた。
昨晩、宿に戻ってから聞いた瑠花の話に依ると、太一も瑠花も海斗と浩司君の事は当時から夏美さんの姉でもあるお母さんを通じて大体の処は聞かされていたと言う事だった。それでも、昨日夏美さんから聞いた海斗に対する虐めのような仕打ちがあった事は知らなかったし、海斗本人の口から直接話を聞いたのも初めてだったらしい。朝食の時に見た一樹達の様子には、海斗について太一から既に話を聞いたと思わせる色が言葉の端々や、海斗の事を口にする時の表情に表れていた。
この海に来て初めての雨の一日。
窓の外に広がる町は太陽の陽射しを失くしただけで、まるっきり別人のような暗い顔をしていた。何十キロか離れた所を台風が通り過ぎようとしているらしく、吹き付ける風はさっきからしつこく窓を鳴らしている。風林屋も今日は休みにすると連絡が入ったので、あたしとだんごは昼食の買い出しも兼ねてコンビニへと歩いた。いや、ここは事実を正確に伝える事にしよう、正しくは″歩かされた″だ。買い物を済ませると、昼食なのか酒盛りの為なのかすっかり分からなくなったビニ-ル袋を六つ程提げて、あたしとだんごは雨の中を行軍する。ビニ-ル袋の内訳は、あたしが二つでだんごが四つ。二人共差していた傘は宿を出て直ぐ、気紛れに通り掛かった突風にカツアゲ同然に持っていかれていた所為で、今は全身を雨が濡らすのに委せていた。″くたばれ、年齢という永遠に逆転しない上下関係″″兄妹という名を借りた奴隷制度″呪詛の言葉を呟きながら、一心不乱に民宿を目指す。最後の曲がり角を右に折れた処で前から″何か″が飛んで来て、あたしは反射的に顔を伏せた。あたしの頭上を通り過ぎたその″何か″が後ろを歩いていただんごの顔に貼り付く。──!?未確認生物??と疑ったその″何か″は、よく見るとただの折り込みチラシだった。あまりにも見事に貼り付いたその偶然性の素晴らしさに、あたしは暫し自分を包む環境の苛酷さを忘れて、一傍観者となり果てる。だんごの頭から顎の先まで余すとこ無く完璧に覆っている濡れたチラシは、強風の助けもあってだんごの目鼻立ちをくっきりと型どって、デスマスク宛《さなが》らのクオリティを其処に示していた。
何が起きたのか、恐らく一ミリも理解出来ずに視界を奪われ、動きを止めていただんごの体が震え出す。「?」何だ?どうした?そうこうする内に体の震えは常軌を逸した物となり、手に持ったコンビニの袋が立てる「カサカサカサ」という音が、「ガサガサガサ」から「バババババッ」と、ビニ-ル袋が出せる音の限界を今にも越えようとしている。「!!」あたしは荷物を一旦バス停のベンチに預け、だんごの顔からチラシを剥ぎ取った。
「ブッ…ゲホッブッ…ハ-ッハ-ッハ-ッ」
「ばかっ!荷物離せばいいでしょ!」
「ブハ-ッハ-ッ…死んだ…一瞬だけど…今、お…れ…ハ-ッハ-ッ…生きてる…おれ…生きてる…」
──そんな一大スペクタクルを乗り越えて民宿に帰り着いたあたし達を迎えた力也の一言。
「どこ行ってたんだ、こんな嵐の中」
ファッ●ユ-力也。その時あたしとだんごに芽生えた気持ち、それを人は殺意と呼ぶのだった。
夜中にひっそりと降りだしたらしい内気な雨は、朝になって勢いを増し火照った海沿いの町を冷やし続けていた。
昨晩、宿に戻ってから聞いた瑠花の話に依ると、太一も瑠花も海斗と浩司君の事は当時から夏美さんの姉でもあるお母さんを通じて大体の処は聞かされていたと言う事だった。それでも、昨日夏美さんから聞いた海斗に対する虐めのような仕打ちがあった事は知らなかったし、海斗本人の口から直接話を聞いたのも初めてだったらしい。朝食の時に見た一樹達の様子には、海斗について太一から既に話を聞いたと思わせる色が言葉の端々や、海斗の事を口にする時の表情に表れていた。
この海に来て初めての雨の一日。
窓の外に広がる町は太陽の陽射しを失くしただけで、まるっきり別人のような暗い顔をしていた。何十キロか離れた所を台風が通り過ぎようとしているらしく、吹き付ける風はさっきからしつこく窓を鳴らしている。風林屋も今日は休みにすると連絡が入ったので、あたしとだんごは昼食の買い出しも兼ねてコンビニへと歩いた。いや、ここは事実を正確に伝える事にしよう、正しくは″歩かされた″だ。買い物を済ませると、昼食なのか酒盛りの為なのかすっかり分からなくなったビニ-ル袋を六つ程提げて、あたしとだんごは雨の中を行軍する。ビニ-ル袋の内訳は、あたしが二つでだんごが四つ。二人共差していた傘は宿を出て直ぐ、気紛れに通り掛かった突風にカツアゲ同然に持っていかれていた所為で、今は全身を雨が濡らすのに委せていた。″くたばれ、年齢という永遠に逆転しない上下関係″″兄妹という名を借りた奴隷制度″呪詛の言葉を呟きながら、一心不乱に民宿を目指す。最後の曲がり角を右に折れた処で前から″何か″が飛んで来て、あたしは反射的に顔を伏せた。あたしの頭上を通り過ぎたその″何か″が後ろを歩いていただんごの顔に貼り付く。──!?未確認生物??と疑ったその″何か″は、よく見るとただの折り込みチラシだった。あまりにも見事に貼り付いたその偶然性の素晴らしさに、あたしは暫し自分を包む環境の苛酷さを忘れて、一傍観者となり果てる。だんごの頭から顎の先まで余すとこ無く完璧に覆っている濡れたチラシは、強風の助けもあってだんごの目鼻立ちをくっきりと型どって、デスマスク宛《さなが》らのクオリティを其処に示していた。
何が起きたのか、恐らく一ミリも理解出来ずに視界を奪われ、動きを止めていただんごの体が震え出す。「?」何だ?どうした?そうこうする内に体の震えは常軌を逸した物となり、手に持ったコンビニの袋が立てる「カサカサカサ」という音が、「ガサガサガサ」から「バババババッ」と、ビニ-ル袋が出せる音の限界を今にも越えようとしている。「!!」あたしは荷物を一旦バス停のベンチに預け、だんごの顔からチラシを剥ぎ取った。
「ブッ…ゲホッブッ…ハ-ッハ-ッハ-ッ」
「ばかっ!荷物離せばいいでしょ!」
「ブハ-ッハ-ッ…死んだ…一瞬だけど…今、お…れ…ハ-ッハ-ッ…生きてる…おれ…生きてる…」
──そんな一大スペクタクルを乗り越えて民宿に帰り着いたあたし達を迎えた力也の一言。
「どこ行ってたんだ、こんな嵐の中」
ファッ●ユ-力也。その時あたしとだんごに芽生えた気持ち、それを人は殺意と呼ぶのだった。

