~ガソリンスタンド~
フロントガラスを突き抜けて車内に入り込んだ西陽がモノト-ン調で統一された内装の全てを橙《だいだい》掛かった色目に染め、その色気に合った幾許《いくばく》かの熱を与えている。窓をほんの少し開けただけで、忽《たちま》ちエアコンで冷えきった車一台分の僅かな空気を、潮の薫りを伴った外気の大群が一掃して行った。車が停まった拍子に顔を左に向けると、水平線から顔を半分だけ覗かせて此方を見詰める太陽と目が合う。世界中の映画やドラマで使い回されている筈の有り触れたカット。この海でも天気さえいい日なら、何度だって見れるであろうこの景色を、シートに凭れたまま飽く事無く見詰め返しているあたし。
──「ッパアァ-ンッ!」
不意に鳴らされた後方からのクラクションで力也が反射的にアクセルを踏む。同じく心と眼《まなこ》を持っていかれてた四人が一斉に前を向いた。──とそこへ、ポップな着信音が鳴り響いて、そのリズムに合わせ力也のスマホが体を揺する。液晶を覗いただんごが「太一くんっすね」と言って電話を繋いだ。
「スタンドあったら止まるわ」
「了解」
太一と力也に依る短い受け答えで八人の目的地が決まる。その受け答えに掛かったのとそれ程大差ない時間で…、要するに電話を切って直ぐにガソリンスタンドが前方に姿を現した。あっという間に視界の中で面積を拡げたそのガソリンスタンドは、更にあっという間も無くフロントガラスを埋めた。
「いっさいあしぇ-っ!」──恐らくは"いらっしゃいませ-"。そして恐らくはこの人が発祥だと思われる完璧な"プリン頭"のお兄さんに導かれて、太一が給油機に車を寄せる。人件費削減の為か、ただ単に人が足りないのか、他に出てくる人間が誰も居ないのを見て取った力也が、入口から少し入った場所で車を止めた。太一の車のドアが開いて双葉達が降りて来る。トイレにでも行くのだろうか。外の空気が吸いたくなって、あたしもドアに手を掛けた──
『ブオッ…ウォンウォンウォンブォォ~ンブォンブォンブォン!バリバリバリバリ!!ブンブブブブンブブブブンブ~バリバリバリ!バンバンバンブォ~ババンバンブォォ~ブウォン!ブウォンブウォンボ~バリバリバリ!!!』
煩《うるさ》いっ!!!煩煩煩煩煩煩煩煩煩煩~~~い!!!何なの一体!耳をつんざく轟音の発生源を探して、道路を見渡せる場所まで走り出る。
──い…た。居た居た居た。今日日なかゝ御目に掛かれない、"ザ・暴走族"の集団。五、六台のド派手な単車が、ガソリンスタンドの手前四、五十メ-トル離れた処を、道路の端から端を右に左に蛇行しながら此方に向かって近付いて来る。「お-いいねえ」「さすが茨城っすね」「うるさ-い」運転席を離れられない力也と太一を残して、一樹とだんご、双葉、優、瑠花がパレ-ドの見物さながら歩道に並ぶ。
『ブォン!!ブォンブオブォブォブォンバ!バ!バババァンブオ~ボ~ボンボ~バリバリバリバリ!!ブンブンブンブブブブブンブンブォ~ブォンブォンブオ~ボボボボボボンブォンボ~バァ~ッ!バッバ~』
この世界に今この時存在している多種多様な音達の全てを踏み潰しながら、その巨大な爆音という名の塊が目の前を通り過ぎて行く。
──ん?なんだ?車に戻ろうとして振り向き掛けたその時、一度MINの方に捻ったボリュ-ムをもう一度MAXに向かって戻しながら暴走族がUタ-ンして来た。しかも並んで見ていたあたし達の前まで来ると、一台、又一台とスタンドの中にバイクを乗り入れる。
──「ブォン…」
横一列に並んだ六台の中で、一際目立って派手な最後の一台がエンジンを止めて、漸く普段よりも薄くなった街の喧騒が耳に戻り始める。
「可愛いじゃねえかおめぇら。どっから来たんだ?」
出た。何かと思えば又これ。そんで又、「可愛いじゃねえかおめぇら」の"おめぇら"にあたしだけ入っていないパタ-ン。何時もと違う事と言えば、相手が都会のチャラ男じゃなくて、訛り全開の暴走族って処位。
「後ろ乗れや、ドライブ行くべ」目の前で話す勘違いしたスットコドッコイとは別に、一番派手な単車を降りた二人が近付いて来る。双葉達が車の方に戻る素振りを見せると、二人はあからさまに足を早めて、双葉達の行く手を塞いだ。
「どいてくんねえがな。わたす達急いでんだわぁ」何処の方言の積もりだか東北訛り丸出しで戯《おど》ける優。
『あン?』馬鹿にされてる事位は分かったのか、二人が顔色を変えた。
「舐めてんのか…」坊主頭にラインを刻んだマッチョが優に向かって凄む。その様子を見ただんごが透かさず優とマッチョ、二人の間に躰を割入れた。
一樹は──…あの莫迦。暴走族の単車をスマホで写すのに夢中になって、此方の様子に全く気が付いていない。
「なんだお前」オ-ルバックで針金みたいな眉毛のもう一人の男が、マッチョの横に並んでだんごを睨みつける。「退《ど》いて」委細構わず、その間を平然と横切る双葉。後ろに瑠花と優が続く。全く相手にされていない事を感じ取って、男達がキレた。「待てコラッ!」
──と、その声に被せる様に「ファオンファオンファオン──」と、パトカ-のサイレン。
「勝《まさる》!潤《じゅん》!お巡りだ!!」
暴走族の間から声が飛んで、時を挟まず大人しく蹲《うずくま》っていた単車達が唸り声をあげ始める。次々と吼え掛かる単車達に言葉に依るコミュニケ-ション手段を取り上げられて、アイコンタクトと手振りだけであたし達も車に戻る。何処にもあたし達まで逃げ出さなきゃならない理由は無いのだけど、その場に突如出現した連帯感と切迫した焦燥に押し流されて、暴走族とあたし達は蜘蛛の子を散らすよにガソリンスタンドを離れたのだった。
──警察の追っ手から逃れる為に大通りから外れて道に迷った所為《せい》で、太一と瑠花のおじいちゃん達が待つ民宿″風林荘″に着いたのは、お日様は疾《と》っくに何処か遠くの国へとお出掛けして、代わりにやって来たお月様が明るさを増し始めた八時過ぎになってしまった。
「お-お、よく来た、よく来た」
それでも予定の時間を大幅に遅れてしまったあたし達を出迎えてくれたおじいちゃんおばあちゃんや宿の人達の態度に非難がましい処はこれっぽっちもなかった。申し訳なさで重くなっていた心と荷物を部屋に下ろして、全員で挨拶に向かう。
『宜しくお願いします』太一と瑠花を除いた六人が声を揃える。あたし達のそんな様子を、皆はニコニコして見守ってくれていた。部屋の割り振りとお風呂の時間と使い方の説明が終わる頃になって、思い出したよにおばあちゃんが口を開いた。
「1、2、3、4…。太一と瑠花の他に6人来るって言ってたんだけどねぇ…」
これにはみんなが?《ハテナ》顔。(一樹、双葉、優、力也にだんご、あたしときてぴったり6人)今更数え間違える筈も無いけど、一応もう一度勘定し直してみる。…はっ!まさか!?今年で七十歳を迎えるというおばあちゃん、遂に惚けが始まったとか?果たして言い出すべきかどうか、予期せぬ難題を突き付けられて居心地が悪くなるあたし。尚もおばあちゃんが続ける。
「うちはペットはお断りしているし、困ったわねぇ」
「まあまあ、ばあさん。今日の処はしょうがない。目を瞑ろう。」
おじいちゃんとおばあちゃんの会話にあたし達は落ち着きなく辺りを見回す。ペット?何処にもペットなんて…。従業員の方達の間から洩れ聞こえて来る忍び笑い。疑心暗鬼に陥って、更に視線をさまよわせるあたし。──「!」…眼が合った。居ました。あたしの視線の3メ-トル程先で同じく此方を向いて固まってる一樹という名の猫男爵が。
……暫くの間、見詰め合う猫男爵二匹。やがて二匹は罵り合いながら洗面所へと消えて行きましたとさ。フ-ッニャッ!
フロントガラスを突き抜けて車内に入り込んだ西陽がモノト-ン調で統一された内装の全てを橙《だいだい》掛かった色目に染め、その色気に合った幾許《いくばく》かの熱を与えている。窓をほんの少し開けただけで、忽《たちま》ちエアコンで冷えきった車一台分の僅かな空気を、潮の薫りを伴った外気の大群が一掃して行った。車が停まった拍子に顔を左に向けると、水平線から顔を半分だけ覗かせて此方を見詰める太陽と目が合う。世界中の映画やドラマで使い回されている筈の有り触れたカット。この海でも天気さえいい日なら、何度だって見れるであろうこの景色を、シートに凭れたまま飽く事無く見詰め返しているあたし。
──「ッパアァ-ンッ!」
不意に鳴らされた後方からのクラクションで力也が反射的にアクセルを踏む。同じく心と眼《まなこ》を持っていかれてた四人が一斉に前を向いた。──とそこへ、ポップな着信音が鳴り響いて、そのリズムに合わせ力也のスマホが体を揺する。液晶を覗いただんごが「太一くんっすね」と言って電話を繋いだ。
「スタンドあったら止まるわ」
「了解」
太一と力也に依る短い受け答えで八人の目的地が決まる。その受け答えに掛かったのとそれ程大差ない時間で…、要するに電話を切って直ぐにガソリンスタンドが前方に姿を現した。あっという間に視界の中で面積を拡げたそのガソリンスタンドは、更にあっという間も無くフロントガラスを埋めた。
「いっさいあしぇ-っ!」──恐らくは"いらっしゃいませ-"。そして恐らくはこの人が発祥だと思われる完璧な"プリン頭"のお兄さんに導かれて、太一が給油機に車を寄せる。人件費削減の為か、ただ単に人が足りないのか、他に出てくる人間が誰も居ないのを見て取った力也が、入口から少し入った場所で車を止めた。太一の車のドアが開いて双葉達が降りて来る。トイレにでも行くのだろうか。外の空気が吸いたくなって、あたしもドアに手を掛けた──
『ブオッ…ウォンウォンウォンブォォ~ンブォンブォンブォン!バリバリバリバリ!!ブンブブブブンブブブブンブ~バリバリバリ!バンバンバンブォ~ババンバンブォォ~ブウォン!ブウォンブウォンボ~バリバリバリ!!!』
煩《うるさ》いっ!!!煩煩煩煩煩煩煩煩煩煩~~~い!!!何なの一体!耳をつんざく轟音の発生源を探して、道路を見渡せる場所まで走り出る。
──い…た。居た居た居た。今日日なかゝ御目に掛かれない、"ザ・暴走族"の集団。五、六台のド派手な単車が、ガソリンスタンドの手前四、五十メ-トル離れた処を、道路の端から端を右に左に蛇行しながら此方に向かって近付いて来る。「お-いいねえ」「さすが茨城っすね」「うるさ-い」運転席を離れられない力也と太一を残して、一樹とだんご、双葉、優、瑠花がパレ-ドの見物さながら歩道に並ぶ。
『ブォン!!ブォンブオブォブォブォンバ!バ!バババァンブオ~ボ~ボンボ~バリバリバリバリ!!ブンブンブンブブブブブンブンブォ~ブォンブォンブオ~ボボボボボボンブォンボ~バァ~ッ!バッバ~』
この世界に今この時存在している多種多様な音達の全てを踏み潰しながら、その巨大な爆音という名の塊が目の前を通り過ぎて行く。
──ん?なんだ?車に戻ろうとして振り向き掛けたその時、一度MINの方に捻ったボリュ-ムをもう一度MAXに向かって戻しながら暴走族がUタ-ンして来た。しかも並んで見ていたあたし達の前まで来ると、一台、又一台とスタンドの中にバイクを乗り入れる。
──「ブォン…」
横一列に並んだ六台の中で、一際目立って派手な最後の一台がエンジンを止めて、漸く普段よりも薄くなった街の喧騒が耳に戻り始める。
「可愛いじゃねえかおめぇら。どっから来たんだ?」
出た。何かと思えば又これ。そんで又、「可愛いじゃねえかおめぇら」の"おめぇら"にあたしだけ入っていないパタ-ン。何時もと違う事と言えば、相手が都会のチャラ男じゃなくて、訛り全開の暴走族って処位。
「後ろ乗れや、ドライブ行くべ」目の前で話す勘違いしたスットコドッコイとは別に、一番派手な単車を降りた二人が近付いて来る。双葉達が車の方に戻る素振りを見せると、二人はあからさまに足を早めて、双葉達の行く手を塞いだ。
「どいてくんねえがな。わたす達急いでんだわぁ」何処の方言の積もりだか東北訛り丸出しで戯《おど》ける優。
『あン?』馬鹿にされてる事位は分かったのか、二人が顔色を変えた。
「舐めてんのか…」坊主頭にラインを刻んだマッチョが優に向かって凄む。その様子を見ただんごが透かさず優とマッチョ、二人の間に躰を割入れた。
一樹は──…あの莫迦。暴走族の単車をスマホで写すのに夢中になって、此方の様子に全く気が付いていない。
「なんだお前」オ-ルバックで針金みたいな眉毛のもう一人の男が、マッチョの横に並んでだんごを睨みつける。「退《ど》いて」委細構わず、その間を平然と横切る双葉。後ろに瑠花と優が続く。全く相手にされていない事を感じ取って、男達がキレた。「待てコラッ!」
──と、その声に被せる様に「ファオンファオンファオン──」と、パトカ-のサイレン。
「勝《まさる》!潤《じゅん》!お巡りだ!!」
暴走族の間から声が飛んで、時を挟まず大人しく蹲《うずくま》っていた単車達が唸り声をあげ始める。次々と吼え掛かる単車達に言葉に依るコミュニケ-ション手段を取り上げられて、アイコンタクトと手振りだけであたし達も車に戻る。何処にもあたし達まで逃げ出さなきゃならない理由は無いのだけど、その場に突如出現した連帯感と切迫した焦燥に押し流されて、暴走族とあたし達は蜘蛛の子を散らすよにガソリンスタンドを離れたのだった。
──警察の追っ手から逃れる為に大通りから外れて道に迷った所為《せい》で、太一と瑠花のおじいちゃん達が待つ民宿″風林荘″に着いたのは、お日様は疾《と》っくに何処か遠くの国へとお出掛けして、代わりにやって来たお月様が明るさを増し始めた八時過ぎになってしまった。
「お-お、よく来た、よく来た」
それでも予定の時間を大幅に遅れてしまったあたし達を出迎えてくれたおじいちゃんおばあちゃんや宿の人達の態度に非難がましい処はこれっぽっちもなかった。申し訳なさで重くなっていた心と荷物を部屋に下ろして、全員で挨拶に向かう。
『宜しくお願いします』太一と瑠花を除いた六人が声を揃える。あたし達のそんな様子を、皆はニコニコして見守ってくれていた。部屋の割り振りとお風呂の時間と使い方の説明が終わる頃になって、思い出したよにおばあちゃんが口を開いた。
「1、2、3、4…。太一と瑠花の他に6人来るって言ってたんだけどねぇ…」
これにはみんなが?《ハテナ》顔。(一樹、双葉、優、力也にだんご、あたしときてぴったり6人)今更数え間違える筈も無いけど、一応もう一度勘定し直してみる。…はっ!まさか!?今年で七十歳を迎えるというおばあちゃん、遂に惚けが始まったとか?果たして言い出すべきかどうか、予期せぬ難題を突き付けられて居心地が悪くなるあたし。尚もおばあちゃんが続ける。
「うちはペットはお断りしているし、困ったわねぇ」
「まあまあ、ばあさん。今日の処はしょうがない。目を瞑ろう。」
おじいちゃんとおばあちゃんの会話にあたし達は落ち着きなく辺りを見回す。ペット?何処にもペットなんて…。従業員の方達の間から洩れ聞こえて来る忍び笑い。疑心暗鬼に陥って、更に視線をさまよわせるあたし。──「!」…眼が合った。居ました。あたしの視線の3メ-トル程先で同じく此方を向いて固まってる一樹という名の猫男爵が。
……暫くの間、見詰め合う猫男爵二匹。やがて二匹は罵り合いながら洗面所へと消えて行きましたとさ。フ-ッニャッ!

