惡ガキノ蕾 二幕

   ~R1.5.1(水) 裸の二人~
 ──湯煙りに見え隠れするのは、窓の外を眺める凜の横顔。
 あたしは湯の中で幾分太く見える、実際には細く引き締まった足をすらりと伸ばして、石積の浴槽の縁に背中を寄り掛からせている。何時だったか温泉のCMで目にした、"ザ・大人の女"みたいな女優を意識して、長い吐息を洩らしてみた。
 ──倒れ込んだ双葉は駆け寄ったあたしに「大丈夫。…ちょっと疲れただけだから…」と笑い、辰雄に運ばれてお布団に横になると、意識を失ったか?と見紛う程の勢いで寝息を立てた。念の為に医者を医者を呼んだと言う征十郎は、「いきなり限界以上に躰を酷使した反動が来ただけで、心配する事は無い」と、あたし達に向け言い切って見せたのだった。眠っている双葉を前に身の施し方を決めあぐねているあたしと凜に、八重さんが「朝げの支度をする間に湯を使って来たら如何です?」と声を掛けてくれて、今此処で湯舟に浸かっているあたし達がいるという訳だった。
 改めて窓に目を遣る。ガラス一枚向こうには、オ―シャンフロントと言って差し支えない程近くに、白波を鏤《ちりば》めた外房の海が拡がっている。何時の間にやら雨も止んで、休んでいた所為なのか力を持て余した太陽が、逃げ出す雨雲を追い立てていた。
「はぁ―あ。…やっぱり双葉先輩には敵わないな…」
 涎が垂れそうな程油断していて、凜の言葉が耳から零れる。「ぅあ?なんて?」
 もう湯に沈んでしまったであろう凜の呟き。あたしは掬い取るのを諦めて、もう一度同じ言葉を注文した。
「双葉先輩は何も言わなかったけど、あの立ち合いの中で私に色んな事を教えてくれた。…本当に凄い…。やっぱり…」
 そこで一度言葉を切ると、手で掬った湯を顔に浴びせる。
「はなみのお姉ちゃんは最高だね!」
「は?」何だそれ。なんでこいつは、こういう素っ裸の台詞を照れもせずに口に出せるんだろう。で、なんで言われたあたしの方がこんなに恥ずかしいんだろ。
「私、強くなれたよ」
「なに…」"言ってんの"は口から出せなかった。凜の瞳の中に在る光が眩しい位に強くて、冗談めいた言葉はなんだか似つかわしくない気がしたから。
 視線を逃がしてもう一度窓に目を向ける。
「うっ…わっ!」思わず湯から上がって窓に躰を寄せる。
 誰かさんの粋な計らいだろうか。令和初日、雨上がりの朝空に淡く儚げな七重の橋が架かっていた。隣に並んだ凛と二人、あたし達は裸のまま、時間を忘れて立ち尽くしていたんだ。