「俺、空っぽの金魚鉢を車のブレーキの下に入れたんだ。次の日、父さんと母さんが二人でドライブに出かけることを知っていて。……ブレーキが踏めなくなれば良いと思った。それで、ちょっとした怪我でもして、一週間くらい入院してくれれば良いなって。まさか、そのことが原因で二人が死ぬなんて思ってもみなかった」
「……どうしてそんなことを?」
「お前と一緒にいたかった。それだけだ。……母さんと一緒にお前が家に来たとき、俺は感謝した。父さんの再婚は悪いことばかりでもねぇなって。運命だと思った。俺がこの世に生まれてきたのも、産みの母親が病死したことも、全部全部俺が琴葉に会うためだったんだって。何の疑いもなく、そう信じた」
「……私、何も覚えてないよ?」
「まぁ、まだ幼かったからな。なのに俺はもうずっと前から……」
私と兄の視線が絡み合う。
先の逸らしたのは、兄の方だった。
「……金魚鉢をブレーキの下に入れたこと、俺、後悔はしてないんだ。両親の葬式に出たときも……信じられないくらい幸せだった。これから先、ずっと琴葉と一緒にいれるんだって思ったら、俺……」
兄は私の肩口に顔を埋めた。
なぜか、兄が泣いている気がして私は兄の頭を撫でた。
「なぁ琴葉。俺を警察に突き出すか?」
私は思わず涙を流した。
それから、勢いよく首を横に振った。
「ほんと、狡いよ。私がそうできないことを知っていて、そんなこと言うんだもん」
私の言葉に兄は笑って、
「あぁ、俺は悪い兄貴だな」
「お兄の馬鹿」
「雪、だ」
「ゆ、」
私の言葉は雪の唇に吸い込まれた。
二度目の口づけに、私はもう躊躇うことはなかった。
ただその全てを、目の前にいる私の雪に委ねた。


