金魚鉢


 兄の胸を私は突き飛ばした。

 兄はまるでそうなることが分かっていたみたいに、私を静かに見つめている。


 いつの間にか乱れていた呼吸を整えて、


「ちょっと待って。こんなことしちゃ駄目だよ。私たち……」


 そこまで言って、優ちゃんの言葉が頭を過った。


『どれだけ雪さんのことが好きなのかは分からないけれどね。だけど、可笑しいよ、琴。だって、結局は兄妹なのに。自分の兄のことをどれだけ愛しても、琴は報われないんだよ?』


 悲しくなって、私の顔は下がっていく。

 兄が私の頬に優しく触れながら、


「琴葉、あんな馬鹿の言っていたことは忘れろ、な?」


「でも……」


「嫌か? 琴葉は俺のことが嫌いなのか?」


「そうじゃないけど……」


「なら、黙って俺に任せてろよ」


 それでも、私はやっぱり踏ん切りがつかなくて。

 顔も覚えていない両親のことを思ったりした。


 たぶん、そんな思いが表情に出ていたんだろう。


「あー、もう」


 兄は突然そう言うと、私をぎゅうっと抱き締めて、どこか緊張した声で真実を語った。


「俺たちは、実の兄妹じゃないんだよ」


「……え?」


「前にさ、金魚が死んだときの話をしただろ?」


「私が可愛がっていた金魚?」


「おう、そうだ。そいつがさ、死んで。金魚鉢が空っぽになったんだ」


「うん、それで?」


「ほんの出来心だった。些細ないたずらのつもりだった」


 そう言うと、兄は覚悟を決めるように息を吐いた。