金魚鉢

 扉を蹴っ飛ばした先にあった光景に、俺は憎悪した。


「おい、琴葉。何、頷きそうになってんだ」


「っお兄!!」


 琴葉の目に光が戻ったのが分かった。


 それを確認するやいなや、俺は琴葉に馬乗りになっていた奴に殴りかかる。


 琴葉から“優ちゃん”と呼ばれていた男は、俺の不意打ちのパンチに飛ばされて、気を失った。


 奴が伸びきる前に、俺は言葉を送ってやった。


「もう二度と、俺の琴葉に近づくんじゃねぇ」


 それから、琴葉の手首を縛っていた忌々しい縄を解き、泣きじゃくる彼女を抱き寄せた。


「とにかく、無事で良かった……」


 琴葉を抱き締めている手が、柄にもなく震えた。


 あぁ、俺は怖かったんだ。


 琴葉が俺の側に居ないことが。

 琴葉が自由を求めるかもしれないことが。


 怖くて怖くて、堪らなかったんだ。


 そのとき、警察が部屋に雪崩れ込んできた。

 その内の一人と目が合い、俺は意識を取り戻しかけている奴を顎で示した。


 警官に捕獲された奴は、どうやら意識が戻ったようで。


 俺は奴と目が合い、笑ってやった。

 奴が憎らしくなるくらいに、満面の笑顔でな。


 それから俺は、奴を半殺しにするまで殴るより何倍も爽快なことをした。


 つまりはそう。

 俺は奴に残酷なまでの真実を告げたのだ。


「おい、“優ちゃん”。お前の勘違いを一つだけ、解いてやる」


「……何ですか」


「琴葉が俺を好きなんじゃねぇ。俺がそうなるように仕向けたんだ。もう十何年も前からずっと、な」


 幸い、俺の腕の中で安心し切っていた琴葉に、話は聞こえていなかったようだ。