金魚鉢

「琴、答えて」

「……えっと、いつもは寝ていなくてッ」

「じゃあ、どうし“この前”は寝たの? どうして雪さんの部屋に琴の髪ゴムがあったの? ねぇ、どうして?」

「あ、と……。その夜は、寂しくて、」

「僕に頼らなかったんだね」

「え?」

「その夜、琴は僕じゃなくて雪さんを頼ったんだね。琴が電話してくれれば、寂しくないように一晩だって話してあげたよ? 琴が望むなら、琴の部屋で一緒に寝てあげたよ? なのに、どうして僕を頼ってくれなかったの?」

 優ちゃんがそんな風に考えているなんて知らなかった。

 だけど、言えないよ。
 ……優ちゃんのことで悩んでいたなんて。

 何も答えなくなった私に、優ちゃんは諦めたのか、溜息交じりにこう言った。

「まぁ、いいや。過ぎ去ったものは仕方がないしね」

 私がその言葉に安堵の息を吐いたのも束の間、優ちゃんが物凄い形相になる。

 その視線は、私を捉えてはいなくて。
 ただ、ここにはいない何かを見ているみたいだった。

「だけど、琴。あの家にいるのは駄目だよ。琴が危ない。うん、危ないよ」

「ねぇ、優ちゃ」

 私が口を開きかけた瞬間、私は優ちゃんに腕を捕まれた。

 その力はとても強くて、私は痛みに顔を歪めた。

「ちょ、痛いよ……」

 泣きそうな声で私は言った。

 だけど、優ちゃんは私の様子なんてお構いなしに、ずんずん道を進んでいく。

 その度にぐいぐいと引っ張られる腕は、軋んだ悲鳴をあげていた。