金魚鉢

 くそっ。
 部屋に戻ると、俺はケーキを床に投げ付けた。

 べちゃっとケーキの潰れる音がして、俺は余計に不愉快になった。

 優ちゃん……。
 そう、全てはあいつが原因だ。

 べたべたべたべたべたべたべたべたべたべたべたべたべたべた。

 俺の琴葉に触りやがって。
 終いには、琴葉の部屋に入るだと?

 反吐が出そうだ。

「可憐で可愛い俺の琴葉なのに」

 琴葉が俺を追っかけて来てねぇってのも腹立たしい。

 どうせあいつが何とか言って、引き留めたんだろうな。

 それじゃあ、まぁ仕方がない。

 先に喧嘩を売ってきたのは優ちゃんの方だ。

 俺はベッドの枕元に置いていた黒の髪ゴムを手にして、一階に降りていった。

 少しだけ時間を空けるために、床を綺麗に掃除してからな。

 躊躇うことなく、リビングに通じる扉を開けると、琴葉が一番に俺の胸に飛び込んできた。

 その奥では何やら優ちゃんが俺を敵視している。

「お兄!」

 そう言って、俺の胸に頬を摺り寄せてくる琴葉の頭を撫ぜながら、俺は髪ゴムを取り出した。

「ほら、この前の夜の時に忘れてったやつ。琴葉、家の中で髪結ぶだろ? ないと困るんじゃないか」

「あ、本当だ! ありがとう。どこにあったの?」

「ん? あぁ、枕元に転がってた。あの夜、髪ゴム取らずに寝てたからだろ?」

「え、だってあの時はお兄が!!」

 そう言って、顔を赤らめる琴葉が死ぬほど可愛い。

 全く、そんな顔してるから変な奴に付き纏われるんだよ。

 俺はそんな可愛い妹を守る為、琴葉を自分の胸に閉じ込めて、ついでにとばかりに優ちゃんに向かって笑ってやった。

 なかなか悔しそうな顔、してるじゃねぇか。

「ちょ、お兄!?」

 焦る琴葉にも、かなりそそられるな。

「琴葉、髪結んでやる」

 俺はそう言って、琴葉と向き合ったまま髪に触れる。

 ちょっと照れくさそうな琴葉と満更でもない俺。

 完全に二人の世界になったところで、顔を上げてみると。

 あーあーあー。
 ご自慢のイケメンフェイスが崩れ去っていること。

 そこには、親の仇でも相手にしているかのような血走った目で俺を睨み付けている優ちゃんがいた。