金魚鉢

「あ、えっと、ショートケーキ! 美味しそうだね!」

「うん、美味しそうだね。溶ける前に食べちゃおう」

 私の言葉に返事をしてくれたのは、優ちゃんだけで。
 そのことが何だかすごく悲しかった。

「あの、お兄……」

 どうしてこんな思いをしているんだろう。
 頭の中の冷静な部分がそんな風に感じていたりもするけれど。

 あ、そうか。
 私、お兄に軽蔑されるのが怖いんだ。

 そう分かった途端、そのことに私は妙に納得した。

「俺、部屋で食べてくるよ。後は二人でどうぞ」

 兄はいつになく低い声でそう言うと、ケーキと一緒に二階に上がっていった。
 私の顔なんて一つも見ずに。

 私は思わず立ち上がって、兄の後を追おうとした。

 苺のショートケーキなんかもうどうでも良かった。
 ただ、兄の瞳に自分が映っていないことが怖かった。

 兄はもう私を見限ったのかもしれない。
 そんな可能性が頭の片隅を掠めていくだけで、私は絶望を感じた。

 生きていけない、と思った。

 だけど、そんな私を引き留めるかのように、優ちゃんに手首を掴まれた。

「どこ、行くの?」

 純粋無垢な瞳で優ちゃんが私に尋ねる。

「お、お兄のとこに行かなくちゃ」

「それはどうしても今じゃないと駄目? 僕と一緒には居られない?」

 あぁ、そっか。
 私、優ちゃんのこの目に弱いんだ。

 まるで子どもみたいに無邪気で真っ直ぐな目。

 だけど、だからこそ、その奥で優ちゃんが本当のところ一体何を考えているのか分からない、そんな目が。

「……えっと、別にそういうわけじゃ、ないんだけど……」

 口をもごもごさせて、私がそう答えると、優ちゃんはその子どもみたいな瞳を細めて、酷く満足そうに笑ったんだ。