金魚鉢


 私が思わず、顔を赤らめて目をぎゅっと閉じた。

 次の瞬間、私のおでこに兄の唇が落とされた。


「もう、寝ろ」


 兄はそう言って、私を抱え込んだ。

 私の身体に眠気が襲い掛かってくる。


「てか、何か琴葉から甘い匂いがするんだけど」


「それは、たぶん、苺のショートケーキだね」


 ぼんやりと返された私の言葉に、兄はふっと鼻で笑った。


「そんなわけあるかよ、馬鹿か」


 そんな兄の声を聞きながら、私は眠りに落ちていった。


「……あ、そうだ。今度、家に優ちゃんが来るよ……」


 眠りに落ちる直前、兄の舌打ちが聞こえた気がした。





 琴葉が微笑みながら、俺の腕の中で眠っている。

 こんなに幸せなことはない。


 ただ――。


「まさか、“優ちゃん”が家に来るなんてなぁ」


 苦々しく“優ちゃん”という奴を思い浮かべる。


「まぁ、いいか。家に来て痛感すると良い。俺と琴葉の異常なまでの依存関係を、な」


 その瞬間、奴は一体どんな顔をするんだろうか。


 醜く、汚く、歪めばいい。

 その化けの皮が剥がれたら、俺が琴葉を連れ戻すさ。


「だって、琴葉は俺のものだから。あの夜、金魚が死んだその瞬間から。ずっと、俺だけのものなんだ」


 琴葉の綺麗な長い髪を手に取って、俺はそこに口づけた。


 先ほどの琴葉の言葉が俺の中に反芻する。


『……ただ、二人が生きていたら、今頃どんな私になっていたんだろうって思うことはあるよ』


「ごめんな、琴葉。けど俺、あの夜のことは後悔さえしていないんだ」


 俺はそっと、けれども一層強く、琴葉を抱き締めた。