金魚鉢

 それから、兄はまた口を開いた。

 珍しく、躊躇いがちに。


「あの、さ。二人が死ぬ前の日に、飼っていた金魚が死んだんだ」


「……そうなんだ」


「うん。その金魚、お前が随分と可愛がっていてさ。お前が泣いたんだ。"金魚はどこに行っちゃったの?"って」


「ふふふ、何か恥ずかしいね」


「だから、その夜もこうして一緒に寝たんだ。琴葉が寂しくないようにって」


「お母さんとお父さんが死んだときは? そのときも私、ちゃんと悲しんでた?」


「あぁ、もちろん。だから、しばらくの間は、ずぅっとこうして二人で寝ていたっけ」


「……そう、だったんだ」


 すると、兄は私の顔を両手で包み、持ち上げた。


 兄の瞳に私の顔が映るくらいの距離で、兄は何やらにやりと笑っていた。


「なぁ、今夜の俺、どうだった?」


「……どうって、何が?」


「だから、“優しかった”だろ、ってこと」


「あぁ、そういうことか。うん、そうだね、優しかったね」


 私の言葉に兄は嬉しそうに顔を綻ばせた。


 それから、ぐんぐんと兄の顔が近づいて来て、私の頬と兄のそれが合わさる。


 すりすり、すりすり。


 兄が私に頬擦りをする。


「琴葉、俺の側なら息ができるだろう?」


 突然、耳元にそんな言葉が降りかかってきた。

 私ははっと息を呑んで、ちょっとだけ困った。


 なんだかいつもと違う兄の雰囲気に、私は何も言えなくなったのだ。


 そんな私のこともお見通しだったのか、兄は私の言葉を求めずにまた顔を離した。


 それから、今度はゆっくりと兄の顔が近付いてきて――。