金魚鉢


「よし、じゃあ今日はとことんお前を甘やかしてやるよ」


 突然に、兄はそう言った。


 それから、本当に私を甘やかしてくれた。

 それはもう、びっくりするくらいに徹底して。


 兄の作ったハンバーグはやっぱり宇宙一美味しいと思った。

 兄の淹れたココアはやっぱり死ぬほど甘いと思った。


 そんなことを兄に告げると、兄はなぜだか自信満々の表情で、


「だろう? あ、琴葉。ココアの甘さで本当に死んでもいいんだぜ」


 なんて言ってきた。

 たまに兄の考えていることは分からなくなる。


 だけど、兄ってそういうものだよね。

 なんてついつい思ってしまうのは、もう随分と兄と二人だけで生きてきたからかな?


 携帯の着信音が鳴って、優ちゃんに返事を送っていないことに気が付いた。


「どうしよう……」


「どうしたー?」


 兄がお風呂上がりで濡れている髪を拭きながら、そう聞いてくる。


「今、優ちゃんから電話が来てて。返事しなかったからなぁ。怒られるんだろうなぁ」


 遠い目をした私の手から、兄は携帯を取り上げた。


「え、ちょっと」


 そう言って、携帯を取り返すも、もう時すでに遅し。


 兄が優ちゃんからの着信を拒否した後だった。


「えー、お兄、何やってんの?」


 優ちゃんに電話をかけ直そうとしている私を、突然、兄は担ぎ上げて。

 もちろん、携帯はまたもや私の手から離れて、兄の手に移っていて。


「ちょっと、優ちゃんにかけ直さないと駄目なんだけど」


 ああ言えば、


「いいんだよ。今夜は俺に甘やかされる日なんだから。明日にでも謝っとけば。"お兄に甘やかされてて出られなかった"ってさ」


 こう言う。


「わけ、わかんない」


 諦めて、兄の肩の上で力を抜けば、


「よし、良い子だ」


 なんて、やっぱりどうしようもなく甘やかしてくる。