私には両親がいない。
 物心ついた頃には、兄と二人きりで生きていた。

「お兄、起きて。また大学、遅刻するよ」

 それを不思議だとも、悲しいとも思わずに今日まで過ごすことができたのは、きっと兄のおかげだろう。

 例えそれが、兄を起こしてあげる健気な私にパンチを喰らわすような酷い兄だとしても。

 顎先に衝撃が飛んで来る前に、私は飛びのいた。
 ここ数年、兄を起こしている身としては、その拳を見切るのなんて朝飯前なのだ。

「くそ、当たりやがらねぇ」

 まぶたを閉じながら、そう罵る兄。
 くそ、こいつ起きてやがるぞ。

「もう、何。起きてるじゃん。じゃあ私、学校に行くからね」

 そう言って、私は兄の側から離れようとする。
 その瞬間、私の手首は兄に捕まえられた。

 またか。
 私は溜息をこらえて、兄の方を向く。

 兄はそんな私の様子にどうやら満足したようで。
 その綺麗な顔を歪んだ笑みに変えて、こう言った。

「おい、琴葉。起こせよ」

 朝のハスキーボイスに少しだけ、腰が抜けそうになる。
 本当にすこぅしだけ、だけどね!

 私が兄の手を取って、ベッドから立ち上がらせようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。

 我が家のインターフォンをこの時間に鳴らす人物は一人しかいない。

 私は顔をぱぁっと輝かせて、兄の手を振り払った。
 兄が舌打ちをする。

 兄から何か嫌味を言われる前に、私は鞄を取って玄関先に向かった。

「お兄、ちゃんと朝ご飯は食べていってね」

 何だか不機嫌そうな表情の兄は放っておこう。
 うん、それが良い。