ソフト部の練習も終わり、帰宅の途についていた奏と遥香、優希の三人。他愛のないお喋りをしていた時の事である。
 
「……ん、あれって?」
 
 片側二車線の道路を挟んだ向こうの歩道を走る人影に気がついた。
 
「鷹取やん?」
 
 奏の視線に気づいた遥香も同じ様にその人影の方へと視線を向けて言った。優希が二人と同じ方へ顔を向ける。確かに走っているのは、優希のよく知る幼馴染、鷹取恭介。中三にしては大柄なその体。少しだけ苦しそうな顔。最近、ボサボサに伸ばしていた髪を短く切ったせいもあり、その表情まで見て取れる。
 
 しかし、鷹取は部活を辞めたはずである。復帰したという話しは聞いていなかった。夕方とはいえ、まだ空は明るい。フードや帽子で顔を隠していたのならまだしも、彼はそんな事をしておらず、素顔を晒したまま走っている。そして、鷹取は自分を見ていた三人に気付くことなく走り去っていった。
 
『恭ちゃん……』
 
 走り去っていく後ろ姿を見守る優希に、遥香がその肩に手を置いた。
 
 次の日も、その次の日も、鷹取が走る姿を三人は目にしていた。二年の春休み、部活を辞めて、自堕落な生活をしていた彼の変化。最近、遅刻や欠席が無くなった。優希が気にかけている事もあるだろうが、鷹取自身が正そうとしている事を優希は知っている。
 
『ありがとう』
 
 増えた言葉。鷹取が優希へとお礼を言う回数。優希が鷹取に気を配り始めた頃は、嫌な顔ばかりされていた。うざいとも言われた。それでも優希は止めなかった。その結果である。今では、二人きり限定だが、昔のように『恭ちゃん』『優希』と呼び合う迄になった。
 
 疎遠だった二人。
 
 小学校まであんなに鷹取にひっつきべったりだった優希。中学生になって離れていき、中三になって優希から歩み寄った。
 
『好きだから』
 
「伝えなよ」
 
 ふと遥香が言葉を掛けた。驚きを隠せない優希に優しい微笑みを向けている。

「まだ良か。今、私ん気持ちば伝えると、なんか弱みにつけ込んだ感じがするけん……」
 
「そっかねぇ……」
 
「うん……やっと鷹取も前ば向き始めたばかりやけん……それまで私は待っちょる」
 
 それ以上、遥香は優希に何も言わなかった。気持ちを伝えるのは優希だから。
 
『まぁ……鷹取が優希以外に靡くとは思えんけんね』
 
 ちらりと優希に目をやる遥香は一歩前を歩く奏にも視線を向けた。
 
『ほんと、私ん周りには恋する乙女しかおらん……』
 
 はぁっと小さなため息を零し、空を見上げる遥香。彼女は奏や優希達に呆れているのではない。どちらかと言うと羨ましいのである。遥香はまだ、そのような気持ちになった事がないから。恋に憧れる……とまではいかない。だが、興味は年相応に持っていた。
 
 でも、今はそれよりも奏や優希達、二人の恋を応援したい。
 
 私の恋はその後で良いや。
 
 二人の恋が成就した時に、色々と手伝ってもらおう。そう思いながら遥香はもう一度、空を見上げた