「兄ちゃん、のんびりし過ぎやんっ!!早う、準備ばせにゃっ!!」
 
 月曜日。
 
 どの部活も休みの、ノー部活デー。
 
 だから、今日は朝練もなく、ゆっくりと登校できる事もあり、俺はのんびりと学校に行く支度をしようとしていたはずだったのに、なんでか、一つ下の妹の(あや)から早く準備をせんねと急かされている。
 
「はぁ?なんばそげん急がんといかん?今日は朝練なかけん、のんびり出来んのに」
 
「うるさかっ!!ごちゃごちゃ言わんと、早う早うっ!!」
 
 部屋に置いてあるはずの俺の鞄までいつの間にか玄関に準備されてきる始末。
 
 何を考えているか分からない綾に急かされ、かき込むようにして朝御飯を食べ終わった。何を食べたのかさえ分からないくらいだ。
 
 そして歯磨きと寝癖をなおす為に洗面所へと向かうが、綾は洗面所まで着いてきて、俺の一挙一動を真後ろで腕を組み眉間に皺を寄せ見ている。
 
「ほらぁっ!!まだ、ここに寝癖ついとるやんねっ!!しっかり身嗜みば整えな」
 
 急げ急げと急かしたかと思えば、身嗜みには時間を掛けろ。全く綾が何を考えているのか分からない。
 
 綾から指摘された寝癖を直した俺は背中をぐいぐいと押されながら玄関へと向かった。
 
「分かったけん、押すなってっ!!」
 
「兄ちゃんがちんたらしとるけんたいっ!!」
 
 玄関には鞄どころか、ご丁寧に靴まで履きやすい位置においてある。
 
 俺ははぁっと大きな溜息をつくと、靴を履き、鞄を手に取った。
 
「兄ちゃん、いってらっしゃい。頑張ってね」
 
 先程までとは打って変わり、ここ最近では見た事のない程の笑顔で俺を見送る綾へ、いってきますと一声掛け玄関をでた。
 
 俺は綾の『頑張ってね』の言葉は、ただ単に今日一日を頑張ってと言う意味だとその時はおもっていた。
 
 だけど、それは門扉を開け、数歩進んだ時に、勘違いだと気付かされた。
 
 俺の家の斜め前にある電信柱に、一人の女子が俯き立っているのに気が付いた。肩まで伸ばした髪を二つに結び、他の女子より少し体格がよく、日焼けした肌。
 
 その女子は、俺が家から出てきた事に気が付いたのか、顔を上げこちらへと視線を向けた。
 
 その表情は、こちらの様子を伺う様な、そして、少し怯えた色を見せていた。
 
「おはよう、理央。一緒に行こ?」
 
 嫌という程、聞いた声。耳にタコが出来るほど聞き馴染んだ声。
 
 そこに立っていた女子は、俺が距離を置く事を決めていた伊川(いかわ)(かなで)であった。