「おはよう、達也(たつや)
 
 月曜日の朝。俺は学校へ行くため、いつも通りに家を出ると、そこに幼馴染で同級生の中谷(なかたに)がいた。俺はその姿を確認するとちっと舌打ちをして足早に彼女の前から立ち去ろうとしたが、それを読んでいたのか、俺の前を塞ぐように立ちはだかった。
 
「逃げんでも良かやん?」
 
 また俺は舌打ちをする。今度は中谷に聞こえるくらいに。
 
「そげん嫌がらんでも……」
 
 しょげたような表情になる中谷。
 
「……」
 
「ねぇ、今度の日曜日、学童だった時のみんなでボーリングとカラオケに……」
 
「いかん。俺を誘うな」
 
「だって、来年高校生やし……もう、あのメンバーで……」
 
「……はぁ?あのメンバー?知らん。勝手に俺を入れんな」
 
「……達也(たつや)
 
 中谷が手を伸ばし、俺に触れようとしてきたが、その手をすっと避け歩き出す。
 
 正直、面倒くさい。そんな事するくらいなら、一人でゲームしていた方がましだ。
 
 中一の途中に、小学生の低学年から続けていた野球をやめ、それから俺はゲームに没頭している。放課後も休日も、ほとんど家から出ない。出てもコンビニとかくらい。両親も心配しているが、逆に俺は誰にも気を使わず、それを満喫している。そのせいか、よく遊んでいた友達も離れていき、今じゃクラスでも俺に話しかける奴はほとんどいない。野球を辞める前まではクラスの中心にいた事が嘘のように、今は完全なぼっちである。
 
 そんな俺に、今も絡んでくる奴がいる。
 
 それが先程、俺をボーリングに誘っていた幼馴染で同級生の中谷(なかたに)由香里(ゆかり)。あと、ここにいないが一緒に野球をしていた糟谷(かすや)裕司(ゆうじ)の二人。
 
 俺をしきりに前の俺に戻そうとしているが、傍迷惑な話しだ。俺は進んでこの状態になっているのに。
 
「糟屋にも言っとかんね。そんなんに時間使うんがもったいなかけん、本当に誘うなっちさ。一人でゲームしとった方が気楽で良かし」
 
「……」
 
「俺は好きで一人でおるんやけん、なんか周りが勘違いしとるばってん。逆にそんなんに誘われる方が迷惑とたい」

「な、なら、連絡先くらい……」
 
「は?俺、携帯持っとらんし」
 
「……嘘。休み時間とかにスマホ触りよるやん」
 
「持っとても教えたくなかったい」
 
「……」
 
 中谷も俺から、そこまで言われると思ってなかったのかショックを隠しきれず、俯いてしまった。
 
 俺はそんな中谷を置いて、今度こそ一人で歩き出した。追いかけて来ようとはしない。有難い。
 
「少しは考えとってっ!!」
 
 後ろから中谷の声が聞こえてきた。それを無視して俺は学校へと向かった。
 
 
 
 帰りのHR終了後、俺はすぐに身支度を整え、ざわつく教室を後にした。今日はネットで予約していたゲームが届く日である。教室から出る俺に誰も声を掛けてこない。いつもの事だ。少しの時間も無駄にしたくない俺にとって、それはとてもありがたい。
 
 だけど、俺は靴箱を出て、正門を通り過ぎようとした時に中谷の姿を見つけた。
 
 正門に寄りかかり誰かを待っている様子である。今日はノー部活デーだから部活がないのだろう俺は気付かないふりをして、足早に通り過ぎようとした時である。
 
「達也」
 
 中谷から声を掛けられた。無視して行こうとしたが、強引に止められてしまった。
 
「ねぇ、少しは……」
 
「無理」
 
「なんでなん?私ら来年はみんなばらばらになるとよ?」
 
「は、やけんなん? やけん、みんなと仲良しこよしで遊びに行かなんと?」
 
「……みんなともやけど、私は達也と……」
 
「知るかやん。めんどくさかったい、そんなん。俺は一人が好きとたい?そげんボーリングでもカラオケでも行きたかったら、糟屋と行けばよかろうもん?糟屋と付き合っとるんやろ?」
 
「ち、違うけんっ!!私と糟屋は別にそんなんじゃなかけんっ!!」
 
 突然、むきになって答える中谷の様子に俺は少し驚いたが、正直、早くここ逃げ出して、新しいゲームをしたい。
 
「は?何ばむきになっちょるん?」
 
「ほ、ほんとやしっ!!糟屋には好きな子おるし、私だって……やけんで」
 
 まだ、しつこく何かを言おうとしている中谷の言葉に俺はいらいらしていた。だから、俺は中谷が喋ってる途中に言葉を被せた。強制的に会話を終わらせたかったから。
 
「正直、どげんでん良かっちゃけど?お前と糟谷がひっつこうが、なんしようがさ」
 
「……え?」
 
 途中で言葉を被せ、発した俺の言葉を聞いた中谷の表情がさっと曇った。もともと大きかった瞳がさらに開かれている。
 
「だって、俺はお前らとは、あの日以来から友達やないと思っとるし、やけんで俺はお前らと無関係」
 
「……っ!!」
 
 大きく開かれた瞳に涙が溜まったかと思うと、それが中谷の少しふっくらとした頬を伝って流れ落ちていく。唇が震えている。
 
「そういう事やけん、別にどげんなろうが俺には関係なかし、興味もなかよ」
 
 両手で顔を塞ぎ、震えながら泣いている中谷。俺はそれを見ても少しも感情がわかなかった。
 
 そんな中谷に、ちょうど通りかかった糟谷が慌てて駆け寄っていく。そして、俺の方へと顔を向けた。
 
「達也……お前、中谷になんば言ったん?」
 
「は?別に本当の事ば伝えただけばい?」
 
「泣きよるやんか」
 
「知るか。泣いとるんなら、お前が慰めてやれや?彼氏やろ?」
 
「なんば言いよっと、達也。中谷は達也、おま……」
 
 またいらいらしていきた。早く俺を帰らせろ。その沸き起こる感情のままに思っている言葉を口にした。
 
「うぜえって、マジで。友達面すんな」
 
「……」
 
「悪いけどさ、俺、早う帰ってゲームしたかったい。やけんで帰るばい」
 
「お、おいっ!!」
 
 俺は二人にくるりと背を向けると、まだ何か言っている糟屋を放って、その場から立ち去った。