日曜日の午後。午前中で部活も終わり、友達である長浜の家に自転車で向かっていると、長浜の家の途中にある小さな公園に見知った顔を見つけた。同じクラスの女子。田川(たがわ)だった。
 
 その田川は一人、公園のベンチに座りぼんやりと空を眺めている。
 
 そんな田川に俺は、つい声を掛けてしまった。
 
田川(たがわ)?」
 
「……飯塚(いいづか)?」
 
 突然、声を掛けられ田川の体がびくりと動いた。そして、声を掛けたのが俺だと分かると、ほっとした様な、少し安心した表情に変わる。
 
「うん、なんばしよるん?」
 
「……ぼけぇっとしとっただけ」
 
 また空へと視線を戻す田川。
 
「ふぅん」
 
「飯塚はどっか行きよるん?」
 
「そ、長浜ん()に」
 
「ゲーム?」
 
「そ、良く分かったね」
 
「だって、教室でいつも長浜くんたちとゲームの話しばかりしよるやん」
 
「げっ、聞かれとったん……」
 
「うん、ギャルゲがどうとか?」
 
「え?え?ギャルゲ?いや、違うけん、ギャルゲとかはしよらんやん」
 
「ふふっ、冗談」
 
「びっくりした……」
 
「ふふっ、飯塚、焦りすぎばい」
 
 俺の慌てる姿を見て可笑しそうに笑う田川。すると、俺のスマホからピロリンとメッセージを知らせる着信音がなった。
 
「あっ、やべっ!!長浜からメッセージ……それじゃ、また明日」
 
「……うん、また明日」
 
 少し寂しそうに微笑みながら手を振る田川に、俺も手を上げて応えると、急いで長浜の家へと向かった。
 
 
 
 それから次の週の日曜日。その日も俺は、長浜と遊ぶ為に自転車を飛ばしていた。すると、そこには先週と同じ様に田川がベンチに座っているのを見つけた。
 
「おっす、田川」
 
「あっ、飯塚やん。また長浜ん家?」
 
 俺が声を掛けると、先週の様に驚く事もなく振り返り、頬を綻ばす。
 
「うん。で、田川はまたここでぼけぇっとしとったん?」
 
「そう。ここでぼけぇっとしとるんが好きなんよ」
 
 そう言うと、とんとんっと自分の横を掌で叩き、俺へ座る様に促す。俺は、少しだけ間を開けて腰を下ろした。
 
「ふぅん……」
 
「寂しい奴とか、思ったやろ?」

「いやいやいや……思っとらんし」
 
「ふふっ……別に良かよ。実際、飯塚みたいに部活も入っとらんし、友達少ないんは、ほんとの事やけんで」 
 
「確か田川って図書委員しとったろ?」
 
「部活しとらんけん、せめてね。それに、私、本読むの好きやけん。苦にならんし」
 
「そっか」
 
 のんびりと会話を楽しんでいた。時間が過ぎていくのも忘れるくらいに。すると、田川がちらりと時計を確認して言った。
 
「ところでさ、時間は良かと?長浜ば待たせとるんやないん?」
 
「忘れとったっ!!それじゃ、田川。また学校で」
 
「うん、じゃあね」
 
 慌てて自転車へ向かう俺に、田川は苦笑いしながら手を振ってくれた。
 
 
 
 さらに次の日曜日。公園の前に自転車を止めると、すぐにベンチのある方へと視線を向けた。今日の田川は空を眺めておらず、本を読んでいた。緩やかな風が吹き、田川の長い黒髪をさらりさらりと撫でていく。
 
「今日もおるやん、田川」
 
 声を掛けると、本から視線を外し、俺の方へと向くと、ふわっとした笑顔を見せた。
 
「そう言うあんたは長浜のところにいきよるん?」
 
「いや、今日は違う」
 
「別のところ?」
 
 不思議そうに小首を傾げて尋ねる。
 
「ううん、暇やったけん、ここに来た」
 
「……どれだけ暇人なん?」
 
「別に良かろうもん。駄目やった?」
 
「……駄目やなかよ」
 
 田川は俯いて答えると、少し体をずらし、俺の分の場所を開けてくれる。
 
「ほい」
 
 横に座ると、俺は田川にペットボトルのお茶を差し出した。そのお茶を驚いた様子で見ている田川。
 
「……私に?」
 
「そ。今日は少し暑かしね。たまにはお茶でも飲みながら、のんびり話しばしようかって」
 
 ありがとう……小さな声でお礼を言うと、蓋を開け、お茶を一口飲んだ。
 
「私と話してもつまらんやろ」
 
「そげんでもなかよ?なんか田川と話よるん好きやし」
 
「……変な奴やね」
 
「そっかね?時々言われるけど」
 
「ふふっ」
 
 それから俺らは二人、ベンチに座って色んな話しをした。
 
 部活の事、図書委員の事、クラスの事、便器の事、進路の事、家の事……お互い真剣に、また、お互いに笑い合って。
 
「あ、もうこんな時間……そろそろ帰らんと……」
 
 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 
「家まで送ろうか?」
 
「ううん、良かよ……すぐ近くやし……楽しかったよ、ありがとう」
 
「俺こそ楽しかった。それじゃ、また明日」
 
「……うん、またね」
 
 俺が自転車へと跨り、漕ぎだそうとした時だった。田川が俺の自転車の荷台を掴み、引き留めた。
 
「ま……まって、飯塚っ!!」
 
「どうしたん?」
 
「よ、良かったら……LINE交換してくれん?」
 
 少し頬を赤く染めた田川が急いでバッグの中からスマホを取り出すと、それを俺へと突き出すようにして見せた。
 
「え……あ……え……ら、LINE?」
 
「無理にとは言わんけん……」
 
「い、いや、全然良かよっ!!」
 
「ふふっ……ありがとう」
 
 LINEの交換が終わると、田川はスマホを胸のあたりでぎゅっと抱きしめる様に持ち、微笑んだ。俺はその田川の笑顔がとても綺麗で真っ直ぐに見る事ができなかった。何だかとても照れくささを感じたから。
 
「う、うん……それじゃ」
 
「うん、じゃあね」
 
 手を振る田川。俺もそれに応え手を振り返すと、自転車に跨り、ペダルを踏む足に思いっきり力を込めた。