目の前にいる人が、頼人さんなのはわかる。だけれど、なぜかは理解が追い付かない。
 
 両親が退席すると、頼人さんは庭園の見える景色を障子で隔てた。私が、泣いていたからだ。
 
 理解が出来ないのに、出てくる涙は止まりそうもなかった。着物に合わせた織物のバッグからハンカチを取り出す。
 
「隣に行ってもいいかな?」

 優しい声に、涙は止まらず、頷くので精一杯だった。
 
「言えなくてごめん。なるべく急いだんだけれど、これが一番……」
「私……頼人さんと結婚……するの?」
「……君が、許してくれるなら」

 許す……?
 
「私は、何か怒っているの?」
「……見合い相手が俺だって隠してただろ?」
「……隠していた? それじゃあ、頼人さんは知っていたの?」
 
 何が何だか、何がどうなったのか。目の前に頼人さんがいるって事が信じられなくて……
 
「俺が、君と見合いを出来るように頼んだんだ」
「じゃあ、普通に交際で結婚しても良かったのでは……」
「これが、一番早く結婚出来る近道だったんだ」
 
 近道……。

「どうしても、早く結婚したかった」そう言った彼も、「ちょっともらい泣き」なんて、目を潤ませた。

 
「……もしかして、頼人さん……頑張ってくれた?」
「うーん、少し、ね。俺はあんまり器用じゃないから」
 
 嘘だと思う。彼の仕事ぶりを私はよく知っている。社内で私も仲良く話せる人はたくさん出来たのだから。彼の事を悪く言う人はいなかった。仕事の出来る人だって知ってる。