「しかしまあ、お前がすすんで結婚する気になったことといい、お相手が老舗のお嬢さんだということといい、奇跡の連続だな」
 
 この日の両親は上機嫌で、願ってもないほどの縁談に嬉々としていた。
 
「30過ぎた男の縁談に両親が揃いも揃って付き添わないとならないものかな」
「仕方がないでしょう。あちらはお若い女性なのよ。ご両親が付き添うとおっしゃっているのだから、合わせないわけにはいかないわよ。それに、どんなお嬢さんか楽しみだわ」
「写真見ただろ」
「写真じゃわからないでしょう?」
 
 庭園の見える和室に、両家が揃った。
 
 始終俯く彼女に
「なにぶん、緊張で夕べはよく眠れなかったようで……」彼女の父親がそう言った。
 
「今時珍しいほど奥ゆかしいお嬢さまで」
 両親が会社の話など交えて会話をしている間、彼女の着物へと目をやった。
 
「素敵なお着物ですね」こういう場では召し物を誉めるのは常套句なのだか、そうではなく、彼女にとても似合っていた。古くもなく、モダンさもあって、彼女の名前に由来する百合が描かれていた。
 
 彼女は俯いたまま。
「大正時代の古いものです。祖母の見立ててで……
 絹には寿命がありますから、着られるのは私の代で最後かもしれません」
 
 顔を上げた彼女と目が合って、微笑んだ。
 
「貴方の顔立ちにとても似合っている」
 
 見開かれた目が潤み出す。
 
 俺は両親に合図をした。いつまで喋ってるつもりだ。それこそ見合いの常套句……
 
「では、あとは若い者どうしで」
 その言葉を促した。