「いいえ、わかっていたことだから」
 それでも勝手に涙が出てくるのだ。
 目の前に、申し訳なさそうな彼の顔。何度も口を開きかけては閉じる。
 
 “ごめん”だろうか。でも、謝る必要なんてない。この日は来るべきして来たのだから。
 
「あやまらないで。後悔はしていません。私は、あなたの事が大好きだから」
「うん……」
「恋人になれて、幸せでした」
「うん……」
 「最後に、キスしてくれませんか?」
 
 何度か戸惑って、触れるか、触れないか、彼はそんなキスをくれた。
 
 もう、トリガーになるようなキスをすることもない。最後のキスは、とても冷たい唇だった。
 
「俺からのお願いを一つ、聞いてもらえないだろうか」
「ええ、いいですよ」
「このテーブルと椅子は捨てないで」
 
 何の意味があるのか知れない、最後に彼はそう言った。頷いた私に、彼が手を伸ばす。何度も、躊躇うように開かれる口が固く閉ざされ、その手は私に届く事なく強く結ばれると、もう私へ伸ばされる事はなかった。
 
「じゃあ……良いお年を」
 
 別れの挨拶に『良いお年を』はないでしょう?彼のそんな少し抜けたところが好きだった。
 でも、今日だけは、そんな彼に……笑えなかった。