──大学4年生の秋だった。

「小百合、お前の就職先決まったからな」
 兄に言われて、少しばかり驚いた。《《就職先》》?

「うちの会社じゃないの?」
「小百合は、誰もお前を知らないところでOLをしてみたいんだろう?」
 兄の言葉にコクコクと首を縦に振った。

「だから、だ。《《誰も》》知らないところは、ちょっと無理だったけど《《一人だけ》》知ってるくらいなら、いいだろう?」

意味がわからなくて、少し首をかしげた。

「俊彦んとこ、頼んだから」
「お兄ちゃん!」
「ん、大丈夫だ。俊彦以外はお前の事を知らない、コネ入社も黙って貰ってるから、普通に内定者として、研修に参加しろ」
「お兄ちゃん!」
嬉しくなって、兄を見上げると、兄はしょうがないとでも言いたそうに眉を下げた。兄は昔から、私にとても甘い。
いや、《《兄も》》だ。でも、いつも私の気持ちを汲み取ろうとはしてくれる。

「小百合の気持ちは、わかる。それにやっぱり結婚したら仕事も辞めないといけない状況もあり得るんだ。金銭的には働かなくても……っていう我が家の事情はわかるな? 小百合はいつも自分のしたいことを言わないだろ、だからこれくらいはな、叶えてやりたい。自分で頑張ってみろ、してみなければ結婚してから後悔したら大変だからな」

「うん、ありがとう」

とはいえ、兄は心配そうに……もっと何か言いたそうにしていたけれど、そこで口をつぐんだ。