「はあ、はあ……なんてことだ。」



夕暮れ時になった賀茂川のほとりで
身なりのよくない浪人が歯ぎしりします。



一度ならずも二度までも蔵之進に顔を蹴られた包帯男は
役人のなだれ込んだ芝居小屋から、しぶとく逃げ切ったのです。



「まだだ、こんなつまらんことで終わってたまるか。」



芝居小屋の主と役者たちは酒に酔った浪人どもが突然騒ぎを起こした、
自分たちの怪我を見てくれと口を揃えて奉行所の与力(役人)に訴えたので
この包帯男以外、朧月党はみな捕まってしまったのです。



小屋の主には不始末けしからんとお奉行から
お叱りこそありましたが、それだけでした。
かたや朧月はと言えば後ろ暗いことがあるので、真相を話すに話せません。



折りしも新選組が不逞の輩に目を光らせているさなかですから、
浪人たちには厳しい詮議が待っています。
牢からまともな体で戻って来られる仲間が何人いることか。



「くそ、くそ……なんだ貴様。」



はかなく消えようとしている朧月党の野心に
しがみつき続ける包帯男の行く手に、ひょっこりと影が差しました。
影の主は小柄な袴履きをした武士のようです。