「とざぁーーい、とーざぁーーーい。」


チョンチョンチョン、と拍子木の音が刻まれますと
主役が木造りの舞台の真ん中で、刀を構えて大見得を切ります。



「この顔、忘れたとは。ア、言わすものかァ。」



主役の顔は白塗りに赤々と、隈取をほどこしてありました。
演じるのは仇討ち物。仇をみごと討って大団円を迎え、
緑や橙に染め抜いた定式幕が降りるのでした。



芝居小屋に広がる舞台の前には、
桟敷になっている見物席がいくらばかりかございます。



客の入りはそこそこと言ったところで
静かに見入っているもの、居眠りをしているもの、
ヨ、千両役者。とはやし立てるものと
めいめい自由に芝居を満喫しているのでした。



「やあ新入りはん、ええ敵(かたき)ぶりどしたわ。」

「仕草もうちょっと溜めてくれると、もっと見栄えしますよって。」



「無理いうない、こちとら素人の大根芝居だぜ。」



舞台の裏で衣装を脱ぐ仇役、手ぬぐいで白粉を落としたその顔は
ごくごく見慣れた蔵之進のものです。
彼はこの芝居小屋でいわゆる稲荷町と呼ばれる、
脇役を務める大部屋役者のひとりとなっていました。



「明日もお稽古通りに頼んます。
 堀田様にいただいた、この演目で続けますさかい。」

「ちょうど新しいもんが欲しかったとこで、ええ機会でしたわ。」




「おうご苦労。徳め、何が簡単な仕事だ。」



蔵之進は座長と何やら話し込んだ後
忙しなく小道具を運び続ける人々を横目に、川べりで煙管にかじりつきます。
お紅と長屋に入ってから、すでに一週間が過ぎていました。