「それじゃ、私たちはどうしたら。」
「まあ聞けって。この手紙は朧月党には泣き所だ。
こいつを持ってる限り、連中相手には手だてがある。」
「壬生の捕り方や薩摩も血眼だろうが、
お歴々は多分まだ事情を分かってねえ。
分かってたらとっくに俺たちもお縄だからな。」
いつになく早口になって、蔵之進はまくしたてます。
蔵之進もいま必死で頭を回しているのです。
「朧月党さえたたんじまえば、あとは野となれ山となれだ。
こんなあぶねえもん川にでも流して、知らん顔しちまおう。」
夜の暗がりの中で、蔵之進は話を一度おさめました。
お紅はすっかり全部を理解したわけではありません。
ただ大事な部分はちゃんと飲み込んでいます。
「私たちは夫婦のふりをしながら、
あのお侍さんたちを探すんですね?」
「そうだ。敵を知り、己を知れば危うからずってな。」
「連中に騒ぎを起こさせてやれば、
悪たれどもを根こそぎご公儀に突き出せるぜ。」
乾坤一擲、という言葉がありますが
大逆転の一手を蔵之進は朧月党に狙っているのです。
引き受けるには、勇気のいる申し出でした。
反対に自分たちが追手に見つかってしまうことだってありえます。
ですが、逃げていても事態は好転しません。
「……わかりました。お手伝いします。」
「話は決まりだ。一度死んだお前だ。
もう一度死ぬなんて目にはあわせねえよ。」
しっかりと首を縦に振って、お紅は自分の行く道を決めました。
河原で蔵之進の手を取った時と、徳太郎の提案を受けた時。
お紅が蔵之進に出会ってから自分のことを決断したのはこれで三度目です。
蔵之進も、満足そうにお紅の手を取って彼女の運命を保証しました。
筋張った彼の手は、とても頼りがいがあります。
それにしても蔵之進は、難しい言葉を知っています。
さきほど彼が引き合いにしたのは
古代中国の学者、孫子の著した兵法の一節。
やくざ者らしからぬ、学のある男のようでした。
果たして彼は、ただの渡世人なのでしょうか。
けれど孫子など知らないお紅は、まだ疑問に思う素振りもありません。
