「いいか紅よ、この書状はだな。」
お紅の表情を悟って蔵之進は座り直すや、
総髪の頭をぐいと彼女に突き出します。
「手紙にある名前、こいつはたぶん
壬生狼の中で間者になってる奴のもんだ。」
「みぶ、ろう……?……かんじゃ?」
「かァ、そこからか。かいつまんで言うぞ。」
蔵之進は、お紅にも分かるようごく簡単に説明します。
壬生狼とは、京で幕府に楯突く狼藉者を取り締まる新選組のことです。
そして間者とは今のスパイ、密偵を意味する言葉でした。
あの手紙は、新選組を密かに探ってくれる裏切り者
そんな人間を見繕って伝えるためのものなのです。
文面にある薩摩藩はもちろん、新選組にとっても大事な情報であり
情報とは往々にしてそれなりの金に化けるものです。
朧月党はいちはやく書状を自らのものとして薩摩と新選組、
牽制し合うそのどちらにでも高い値で売り払おうという魂胆なのだ。
蔵之進はなるべく簡単な言葉を選び、お紅にそう説明してみせました。
「だが、書状を先に見つけた者がいたとあっちゃ
朧月の目論見はご破算。うたかたの夢だ。」
「壬生様にも薩州にも先を越されたかねえだろうよ。
今も秘密にして、こっそり探してるはずだ。」
お紅は、固唾を飲んで話を聞くだけです。
彼女も説明されてなんとなく全容が分かりましたから、
大きくなっていく話に圧倒されているようでした。
「それじゃ、こんなものを持っていたら
私たちが疑われやしませんか……?」
「おうよ。俺たちも関わりがあるってことで
しょっぴかれるかも知れねえ。」
「かと言って捨てたとこで、朧月にしてみりゃ
お前の口を封じたいのは変わらねえ。」
「梨のつぶてにされてる薩州の京屋敷だって、今ごろ事情を探ってんだろう。」
薩摩藩がどの方向にあるかもおぼつかないお紅には、
想像もつかないことでした。
