さて、徳太郎の申し出によりかりそめの夫婦が一組できた。
そのあくる日の昼のことです。



鍛冶屋町をちょっと進んだあたり
瓦葺きのむくり屋根がなだらかに曲線を描きます。
そこに蔵之進と、すぐ後ろにくっついてゆくお紅の姿がございました。



お紅はゆうべの内に徳太郎の持ち寄った、
木綿で仕立てた着物に装いを替えています。
萌葱色の格子模様をしたそれは、
もともと彼女のものだったようによく似合っているのでした。




「徳の野郎、膳立ては済ませたとか言って
 消えちまいやがって……来な。こっちだ。」



「大家の人に、挨拶をするんですよね?」



蔵之進の肩をすくめながら大股に進むさまに迷いこそありませんが、
半信半疑な面持ちは後ろのお紅にも見て取れました。



「そういうこった。おう、いるかい。」



「ほほほ。待っとりましたえ。
 娘さんも、おあがりになって。」



通りに面した表店(おもてだな)と呼ばれる家屋のひとつにたどり着くと、
声をかけるが早いか蔵之進は表戸を開け放ちます。
天窓に加えて入り口から飛び込む光が、家の中を照らしました。



簡素な玄関は、足元が土間になった台所がある一方で
整然とした畳の部屋がひとつ、続いていました。
その部屋のさらに向こう側から、品の良い声が彼らを招くのです。



履き物を脱いであがった二人がふすまを開けますと、
客間の真ん中に紺色の座布団が敷いてあります。
座布団にはゆうべの呑み屋の老人よりも小さいのではないか、
そう思わせるほど小柄なお婆さんが座っているのでした。



「徳太郎さんが言うてはった通りやわ。
 まさか進さんが嫁を取るなんてねえ。」



「仮だよ仮の、のっぴきならねえ事情ってのがあんだい。」



雪が降ったような白髪を綺麗に結ったお婆さんが
お茶をすする、その向かい側に蔵之進がどっかと座ります。



「あ、あ、あの、紅と、申します……。」



あらかじめ決めていた段取りではあったのですが、
いざ面と向かって人から言われると
お紅にまた気恥ずかしさがこみ上げてくるのでした。