引き摺られるようにして部屋に入り、そのままソファの上で事に至った。
 彼は私の髪留めを素早く奪うと、髪をほどきながら性急に私の唇を塞いだのだった。唖然としながら、私は余裕を無くした端正な顔立ちがすぐ目の前で苦しそうに眉を潜めているのを見ていた。

「もっと……口を開けて」

 懇願するような口調で言いながら骨ばった大きな手が私の顎を押さえつけるように持ち上げ、再び口付けられだ。わずかに開いた唇の隙間からぬるりと舌が侵入し、歯茎の輪郭を確かめるように這う。

「っ…………ぁ」

 逃げようと首を横に振っても、彼の力を以ってして敵うはずがなかった。彼は優秀な公安警察官で、男で、いまや私の体は狭いソファに押しやられ、その上から彼の大きな体が覆いかぶさっている。例え私が同じ公安の彼の上司で、そこそこに腕っぷしが立つとしても、こうなってしまえばほかに打つ手などない。

たぶん、本領を発揮するタイミングはもっと前にあったはずで、機を逃したのは誰のせいでもなく私自身のせいだ。だからいま、脚をジタバタとさせながら彼の固い胸板を押し遣る以外に抵抗する術を持たない。

「かみじょ、くん……やめ」

 逃げど逃げど執拗に舌を吸われ、絡められ、痺れた口の端からどちらのものともつかない混ざり合った唾液がこぼれ落ちる。酸素補給がとても間に合わなくて、唇が離れた隙に息を吸い込めばまたすぐに重ねられる。息苦しさに思わず瞳の端に浮かんだ涙を、離れた彼の唇が目敏く拭った。

「……泣いてるんですか。可愛い」

 訳もわからず、それなのに少しずつ彼を押しのける力は弱まっていく。丁寧に言葉遣いに反して私の顎を掴む手は少し乱暴で、どんな局面でも”余裕"というものをまるでコートでも羽織るみたいに纏うこの部下が、一体どこにそのアイデンティティを落としてきたのだろう。

「っ……」

 ジャケットを脱がされ、首筋を伝う唇がそのまま肩に噛み付いた。痛みに思わず表情を歪めれば、その拍子にまた涙が伝う。悲しくて泣いているわけではないので、ボロボロと生理的反射によって伝う涙に取り残されたまま、私は呆然と上条くんをみた。

「やめ、噛まないで……っ…く」

 歯型の後を彼の分厚い舌がなぞる。

「っう……ぁ」

 私の体を這う指はひどく冷たくて、上からずるずると脱がされ、体は重力と快楽のはざまを揺れながらソファの背もたれに沈んでいく。

「やめ……て。お願い」
「説得力、ないです、全然」
「ふっ、クチュ……ッチュ」

 再び舌を吸われ、グジュグジュと唾液がまざる音が静まり返った部屋の中に響く。退けようとした両の手はいとも簡単に彼の片手に拘束される。

「可愛い、すごく」

舌打ちながら僅かに浮いた彼の腰との身体との隙間から、ハイヒールを履いたままの脚を引き寄せそのまま蹴り上げようとしたが、彼は紙一重にそれを交わし、私の両手の拘束を解いてすかさず私の足首を掴んだ。

「……いまの、本気でしたね」

 本気に決まっている。出来る限りの抵抗をしなければ、無条件に彼を受け入れることになってしまう。

「サイバー要因なのに、いつそんな蹴りを習得したんです?」

自由になったほうの手で彼の側頭部に喰らわせようとした裏拳打ちも、彼のもう片方の手がなんなく躱す。
 そうなってしまえば、本当にもう成す術はなかった。