青いチェリーは熟れることを知らない② 〜春が来た!と思ったら夏も来た!!〜


「チェリー、おでこどうした?」

 なぜか鳥頭の分まで買う羽目になった食券と自分の分を購入し、小鉢の並ぶカウンターへトレイを持って向かったちえりを合流した瑞貴が声を掛けた。

「……な、なにかなってます!?」

(瑞貴センパイ優しいから……変な誤解させたくないし、なんて言おう……)

 ちえりの裏返った声に一瞬眉をひそめた瑞貴。

(俺に気付いて欲しくなかった感じだな)

 咄嗟に指先で額を隠すも、その動きは怪しい匂いを余計巻き散らしてしまったようだ。
 ちえり絡みでいつも気を揉める原因の彼が瑞貴の脳裏にチラつき、”なんでも鳥居だと決めつけるのはいい加減辞めよう……”と頭を振りながら、いつまでも彼女に付きまとう彼を記憶から追い出そうと試みた。

「ほらよ。ランチ代。サンキューな」

 そう言ってちえりの頭上から顔を覗かせたのは鳥居隼人だった。
 彼はちえりが反応するより早く、野口英世氏の描かれた札の一枚をちえりの右ポケットに入れると、代わりにトレイの上の食券を一枚自分のトレイの上に移動させた。

「鳥頭、……多いよ? ちょっと待っておつり……」 

 律儀なちえりは逆のポケットから財布を取り出して小銭を漁ろうとするのを鳥居は制止し「そのうちまたあるだろ」と、まるで次の約束を取り付けるようにして次々と決まった小鉢をトレイに置いていく。

「そっか、うん。わかった」

「……」

 鳥居とちえりのやり取りを目の前で見せつけらえた瑞貴の胸がザワザワと音を立てて騒ぐ。
 唯一の救いはちえりが頬を染めたりしていることもなく、普通の友人に接するときのように淡々としていることだ。

(……チェリーは俺を好きだと言ってくれた。疑うな……)

 トレイを支えている手に力が入る。ちえりと想いが通じ合って一切の不安や嫉妬は消えてなくなると思っていた瑞貴だったがそんなものはまやかしだった。

(俺はずっとチェリーに恋してる。恋人になってもそれは変わらない)

 瑞貴の心の声をこのときちえりが聞いていたら何と言っただろう。
 なんでもない、気にしすぎだと微笑んでくれただろうか?
 鳥居とのちょっとした絡みさえ瑞貴の不安を駆り立てているとは露にも思っていないちえりは、「今日のランチも美味しそうですね!」と屈託のない笑顔をみせる。

「そうだな……」

 結局、ちえりの額の赤みを聞きそびれた瑞貴は、いつものメンバーと表向き仲良くテーブルを囲んで食事へうつる。そこにももちろん鳥居もいるわけで。

「ごめんなチェリー、これから会議控えてるから先に行くよ」

 早々に食事を済ませた瑞貴はトレイを持って立ち上がった。

「じゃあ私も」

 女性にしては食べるのが早いちえりも一緒に席を立って瑞貴に続こうとする。

「そっか、一緒に行くか」

「はいっ」

 こうしてちえりが自分と行動を共にしてくれるだけで瑞貴の心には舞い上がるほどの嬉しさが込みあげる。朝ぶりの幸せそうな瑞貴の笑顔だ。

「センパイの分のコーヒーも買ってきますね! コロンビアブレンド、この前飲んだら美味しかったんです!」

「俺も行くよ」

 先だって歩こうとしたちえりの隣に肩を並べて歩きながら他愛もない話をする。こうすることでしかふたりの時間を作れない瑞貴の焦りはこれからますます強くなっていくのだった――。