青いチェリーは熟れることを知らない② 〜春が来た!と思ったら夏も来た!!〜

(……明日は三浦さんと長谷川さん来るかな……。嫌われちゃったかな……)

 無意識に唇の端から零れ落ちるため息は今日は止まりそうにない。
 そんなちえりの心を汲んでくれたのか、いつもの元気な隣人たちはそっとしておいてくれる。
 すると――

「チェリーサン昼飯行くだろ?」

 デスクいっぱいに広げた書類を整えていると、ふと耳心地の良い声に名を呼ばれたちえりは顔を上げた。

「……え? あ、もうそんな時間……」

 チラリと時計へ視線を走らせると十二時まで残り五分。
 
「午前中ずっと俺のこと見てただろ?」

 日本人離れした究極のイケメンがちえりのデスクに寄りかかりながら、色気たっぷりの流し目で甘く囁いた。

「へ? ここからあんまり見えないよ? 私たぶん画面から一度も視線外してないと思うんだけど(大嘘)」

 なんせ一日の大半を、隙あらば瑞貴の顔を覗き見することばかり考えている自分が鳥居隼人を見つめているだなんてそんなわけがない。

「冗談だって。俺がたまにチェリーサンを見てただけ」

 いつも馬鹿正直なちえりがどう答えるか……想像するだけで心が弾む自分がいる。
 しかし、どこか楽し気に口角を上げた鳥居隼人はなんとイケメンの無駄使いかと眺めているのはちえりだ。

(その顔を全人類のために役立てたら世界は平和になるだろうな……とは絶対にこいつには言えない。調子に乗るだろうし……)

「って……あ! そうだ、今日あんた残業?」

 いつも憎まれ口や軽口を叩く鳥居の冗談を交わすのもなんのその。

「なんだ? デートの誘いか?」

 ニヤニヤと揶揄(からか)う気満々な鳥頭にちえりは当たらずとも遠からずという感じて淡々と答える。

「んー、まあ違うとは言えないけど、真っ直ぐ家に帰ってくれると有難いなって感じ」

(いままで鳥頭がしてくれたことに見合ってないかもしれないけど……喜んでくれるといいな)

 ちえりは数々の苦難の前に立ちはだかって(?)くれた鳥居隼人にはとても感謝している。
 瑞貴がいないときの自分を保護し、会社イチのモテ男に違いない瑞貴との同棲が明るみにならないために彼がしてくれたことには本当に頭が下がる思いだ。
   
「……」

「あ、ごめん……もしかして残業だった?」

 言葉無くこちらを見つめている鳥居の心境を読み取ったちえりは、眉をハの字に下げて申し訳なさそうに謝る。

(そうだ、三浦さんたちが居ないんだもん……忙しくないわけないか)

「ダメだったらまた日を改めるから……」

 ちえりがそう言い掛けると――

「……瑞貴センパイは?」

「ん? 瑞貴センパイがなに?」

 顔を上げたちえりが問い返すと、まさかの言葉が耳の奥に流れてきた。

「チェリーサンって瑞貴センパイのこと好きなんじゃねぇの?」

「……ちょっ……、いきなりなんだべっ!? ここでそういう話はダメだって!!」

 耳まで真っ赤になったちえりは、整えた書類をバラ撒きそうになりながらあたふたと挙動不審になっている。

「だって俺の部屋でデートするって、そういう……」

「……っ!? 言葉のあやのつもりで言ったんだけど……っええ!? なんであんたが赤くなってんのよ!!」

 ちえりに指摘された鳥居隼人はいきなりムッとした様子でこちらを睨んでくる。

「冗談かよ……生意気なやつ」

 すると、いきなり綺麗な指先が近づいたと思った次の瞬間……思いっきりデコピンを食らったちえり。

「いっ……た!!」

「罰として日替わりランチAおごれ。それと今日は定時だ」

 一方的に言葉を置いていった鳥居隼人はスタスタと自席へ戻って行ってしまった。
 残されたちえりに拒否権はなく、とりあえず鳥頭が定時に帰宅する情報を得たため胸をなでおろす。

「罰って、なんの罰よ!? くっ……日替わりランチAかっ……」

 ちえりは弾かれた部分を撫でてから前髪で赤くなったおでこを隠して席を立ったのだった――。