私は春樹くんのメッセージに返事しなかった。文章で送ってもなんだか伝わらない気がして、直接会って謝ることにした。
数日後、時間をつけて図書館へ向かった。まず受付を探し、それから一階のフロアを探す。姿が見当たらなかったので二階のフロアに向かった。
彼の姿はわりとすぐに見つかった。けれど、私は声をかけることに躊躇した。
そこには彼と、もう一人女性がいた。二人は受付の前にある掲示板にポスターを貼っている最中だった。女性の年齢はぱっと見私と同じぐらいか少し年上。長い髪をポニーテールにして、ベージュ色のベストを着て、黒いスカートを履いていた。見たことがない女性だが、図書館のスタッフだろうか。
彼と女性はおしゃべりをしながら作業している。その様子は、とても和やかそうに見えた。
ふと、彼が振り返った。
「────あ」
私は咄嗟にお辞儀をした。
「篠塚さん」
彼は手を止めて完全に私の方を向く。女性も、私の方を向いた。私は彼らに少しだけ近付いた。
「具合、大丈夫?」
「あ、うん……この間はごめんなさい」
「いいよ。急だったから、心配してた」
私はなんだか居心地が悪かった。本当はもっと丁寧に謝るつもりだったのに、女性のことがなんだか気になって、事前に考えていたセリフを言えなかった。
ちらりと女性の視線を向ける。彼女は会釈をして「こんにちは」お挨拶した。彼女の胸には名札カードがついている。そこには『鈴野明子』と書かれていた。やはり、彼女も図書館のスタッフだ。
「北野くんのお知り合いの方?」
「高校の時の同級生だよ」
私は彼らが話すのを黙って聞いていた。北野くん、なんて。二人は仲がいいの? どういう関係? 姑みたいなことを考えて、心の中がモヤモヤし始める。
「へえ、北野くんにこんな可愛い同級生がいたなんて」
「篠塚さん、ごめん」
彼のごめん、は彼女の言い方にだろうか。彼女は随分と明るいキャラクターのようだ。そんなことはどうでもよかったけれど、私は彼らの関係の方が気になった。物静かな春樹くんと彼女は対照的なのに、随分打ち解けているように見えたのだ。
「……仕事中にごめんね。ちょっと本借りに来ただけだから」
なんだか居た堪れなくなってその場を離れた。二人がいる空間に、まるで私だけが異質なもののように思えた。
興味もない分類の本棚を見ながら、冷静になれない自分を恨んだ。
もう、感情的にならないつもりだったのに。恋愛はいつまで経ってもややこしい相手だ。
大人になったからもう少しこマシな態度を取れると思っていたのに、結果はあまり変わらない。見た目以外、私はあまり変わっていないのかもしれない。
「ごめん、篠塚さん」
追いかけてきたのか、彼は申し訳なさそうな顔をして謝った。私はまた言葉に詰まって、うまく返事ができない。来てくれて嬉しいのに、それを言葉にもできない。
不甲斐ない。彼を前にすると、どうしてこうもおかしくなるんだろう。
「こっちこそ、ごめんね。作業してたのに」
「いいよ。もう終わりかけてたところだったから」
「あの、この間は……ごめんなさい。急に帰って、その……嫌な思いさせちゃって」
私は改めて誠心誠意謝った。せっかくデートしていたのに帰るなんて、失礼すぎる。よしんば彼が私のことを好きだったとしても、失礼だ。しかもその後メッセージを返さなかったのだから。
「俺も、急に色々聞いてごめん。昔のことなのに」
「……そうだね」
昔────。その響きはなんだかとても寂しかった。
彼にとって、あの時のことが過去になっているからだろうか。私は今も、現在進行形だ。私だけが、あの時のままでいる。なんだか置いてけぼりにされてしまったみたいだった。
もう一度頑張ってみようか。そう思ったけれど、今の彼が私を相手にするだろうか。見るからに恋愛なんて興味なさそうに見えるのに。
「あのさ、篠塚さんにお願いがあるんだ」
「……お願い?」
私は首を傾げた。彼からお願いなんて、一体なんだろうか。
「来月、図書館で子供向けの物語の読み聞かせをするんだ。お話会っていう……それで、図書館のスタッフで紙芝居を作るんだけど、篠塚さんがもしよかったら手伝ってくれないかな」
「え? 私が?」
「篠塚さん、絵描くのうまいから」
私は美術系の専門学校に通っていた。だから人よりは絵を描くのはうまいと思う。けれど児童向けの絵なんて書いたことがない。
「あの……どんな絵を描けばいいの?」
「『かえるの王様』っていう童話。忙しいだろうし、無理そうだったらいいから」
私は思わず吹き出しそうになった。喉の奥で笑いを噛み殺し、なんとか表情を作る。
頼ってもらえるのはすごく嬉しいことだ。
けれど私は素直じゃないから、「さっきの女の子に手伝って貰えばいいじゃない」なんて意地悪なことを考えている。こういう子供っぽいところがあるから彼に選んでもらえないのだ。
本当に私ができるのか不安はあったが、彼がこうして頼んでくれたのだ。少しでも接点が欲しかった。
「分かった。うまく描けるかわからないけど、頑張ってみる」
私が了承すると、彼は笑顔を浮かべた。
「ありがとう。俺絵心ないから助かるよ」
「また、詳しいこと教えてくれると助かるな」
「ああ、ポスターはもう飾られてるんだ。ロビーの掲示板に概要が載ってる。話の内容は児童書のコーナーに本が置かれてるから。それと、画用紙とかの掛かった経費はちゃんと負担するから」
「ありがとう。また自分でも調べてみるね」
「うん。じゃあ、よろしく」
彼は踵を返し、私の元から離れた。
私も、ゲンキンだなあと思いながら児童書のコーナーに向かった。
数日後、時間をつけて図書館へ向かった。まず受付を探し、それから一階のフロアを探す。姿が見当たらなかったので二階のフロアに向かった。
彼の姿はわりとすぐに見つかった。けれど、私は声をかけることに躊躇した。
そこには彼と、もう一人女性がいた。二人は受付の前にある掲示板にポスターを貼っている最中だった。女性の年齢はぱっと見私と同じぐらいか少し年上。長い髪をポニーテールにして、ベージュ色のベストを着て、黒いスカートを履いていた。見たことがない女性だが、図書館のスタッフだろうか。
彼と女性はおしゃべりをしながら作業している。その様子は、とても和やかそうに見えた。
ふと、彼が振り返った。
「────あ」
私は咄嗟にお辞儀をした。
「篠塚さん」
彼は手を止めて完全に私の方を向く。女性も、私の方を向いた。私は彼らに少しだけ近付いた。
「具合、大丈夫?」
「あ、うん……この間はごめんなさい」
「いいよ。急だったから、心配してた」
私はなんだか居心地が悪かった。本当はもっと丁寧に謝るつもりだったのに、女性のことがなんだか気になって、事前に考えていたセリフを言えなかった。
ちらりと女性の視線を向ける。彼女は会釈をして「こんにちは」お挨拶した。彼女の胸には名札カードがついている。そこには『鈴野明子』と書かれていた。やはり、彼女も図書館のスタッフだ。
「北野くんのお知り合いの方?」
「高校の時の同級生だよ」
私は彼らが話すのを黙って聞いていた。北野くん、なんて。二人は仲がいいの? どういう関係? 姑みたいなことを考えて、心の中がモヤモヤし始める。
「へえ、北野くんにこんな可愛い同級生がいたなんて」
「篠塚さん、ごめん」
彼のごめん、は彼女の言い方にだろうか。彼女は随分と明るいキャラクターのようだ。そんなことはどうでもよかったけれど、私は彼らの関係の方が気になった。物静かな春樹くんと彼女は対照的なのに、随分打ち解けているように見えたのだ。
「……仕事中にごめんね。ちょっと本借りに来ただけだから」
なんだか居た堪れなくなってその場を離れた。二人がいる空間に、まるで私だけが異質なもののように思えた。
興味もない分類の本棚を見ながら、冷静になれない自分を恨んだ。
もう、感情的にならないつもりだったのに。恋愛はいつまで経ってもややこしい相手だ。
大人になったからもう少しこマシな態度を取れると思っていたのに、結果はあまり変わらない。見た目以外、私はあまり変わっていないのかもしれない。
「ごめん、篠塚さん」
追いかけてきたのか、彼は申し訳なさそうな顔をして謝った。私はまた言葉に詰まって、うまく返事ができない。来てくれて嬉しいのに、それを言葉にもできない。
不甲斐ない。彼を前にすると、どうしてこうもおかしくなるんだろう。
「こっちこそ、ごめんね。作業してたのに」
「いいよ。もう終わりかけてたところだったから」
「あの、この間は……ごめんなさい。急に帰って、その……嫌な思いさせちゃって」
私は改めて誠心誠意謝った。せっかくデートしていたのに帰るなんて、失礼すぎる。よしんば彼が私のことを好きだったとしても、失礼だ。しかもその後メッセージを返さなかったのだから。
「俺も、急に色々聞いてごめん。昔のことなのに」
「……そうだね」
昔────。その響きはなんだかとても寂しかった。
彼にとって、あの時のことが過去になっているからだろうか。私は今も、現在進行形だ。私だけが、あの時のままでいる。なんだか置いてけぼりにされてしまったみたいだった。
もう一度頑張ってみようか。そう思ったけれど、今の彼が私を相手にするだろうか。見るからに恋愛なんて興味なさそうに見えるのに。
「あのさ、篠塚さんにお願いがあるんだ」
「……お願い?」
私は首を傾げた。彼からお願いなんて、一体なんだろうか。
「来月、図書館で子供向けの物語の読み聞かせをするんだ。お話会っていう……それで、図書館のスタッフで紙芝居を作るんだけど、篠塚さんがもしよかったら手伝ってくれないかな」
「え? 私が?」
「篠塚さん、絵描くのうまいから」
私は美術系の専門学校に通っていた。だから人よりは絵を描くのはうまいと思う。けれど児童向けの絵なんて書いたことがない。
「あの……どんな絵を描けばいいの?」
「『かえるの王様』っていう童話。忙しいだろうし、無理そうだったらいいから」
私は思わず吹き出しそうになった。喉の奥で笑いを噛み殺し、なんとか表情を作る。
頼ってもらえるのはすごく嬉しいことだ。
けれど私は素直じゃないから、「さっきの女の子に手伝って貰えばいいじゃない」なんて意地悪なことを考えている。こういう子供っぽいところがあるから彼に選んでもらえないのだ。
本当に私ができるのか不安はあったが、彼がこうして頼んでくれたのだ。少しでも接点が欲しかった。
「分かった。うまく描けるかわからないけど、頑張ってみる」
私が了承すると、彼は笑顔を浮かべた。
「ありがとう。俺絵心ないから助かるよ」
「また、詳しいこと教えてくれると助かるな」
「ああ、ポスターはもう飾られてるんだ。ロビーの掲示板に概要が載ってる。話の内容は児童書のコーナーに本が置かれてるから。それと、画用紙とかの掛かった経費はちゃんと負担するから」
「ありがとう。また自分でも調べてみるね」
「うん。じゃあ、よろしく」
彼は踵を返し、私の元から離れた。
私も、ゲンキンだなあと思いながら児童書のコーナーに向かった。