私は隣に座る彼が、いつ昔のことを掘り返してくるか冷や冷やしていた。
 今まではてっきり、昔のことだから忘れているのだと思っていた。告白された事ぐらいは覚えて終えているだろうが、他の細かいことは気にしていないのだと。

 けれど、彼はクッキーのことを覚えていた。この調子だと、私がやったあれやこれやまで覚えているのではないか────そんな不安がよぎる。

 私の中の黒歴史だ。思春期の女子生徒なら誰しもあるものかもしれないが、だとしても恥ずかしい。

 私がやったのはそれだけではない。彼にミサンガも編んだし、彼の似顔絵も書いた。バレンタインのチョコだって渡した。他にも────思い出すと顔から火が出そうだ。

 絶対、気持ち悪いって思われてる。お祭りなんて、誘わないほうが良かっただろうか。昔の傷をほじくり出されるような気がして、なんだか居心地が悪い。

「俺、そんなに喋らないけど篠塚さん、退屈じゃない」

「え?」

「お喋りな人の方が一緒にいて楽じゃないの」
 
 突然そんなことを言われてぽかんとした。正直、お喋りよりも外見を気にした方がいいんじゃ……と思った。彼も、場を盛り上げることを気にするらしい。

「別にそんなことないよ。私は喋るより黙ってても居心地いい人の方がいいと思うけど……」

「じゃあ、俺は居心地いいんだ?」

「────それは」

 彼の瞳が私を捕らえる。限りなく無表情に近いそれが私をじりじりと追い詰めた。

 なんて答えにくい質問だろう。居心地いいですなんて答えた日にはまた玉砕してしまうのではないだろうか。

 今日の彼は意地悪だ。いつもは優しいのに、どうしてそんな追い詰めるようなことを聞くのだろう。私が花火に誘ったからだろうか。だからいよいよ彼も、私の中にある邪な気持ちのカケラに気付いてしまったのかもしれない。

「……春樹くんは、居心地いいっていうか……一緒にいて落ち着く、かな。言われない? 春樹くんはいつも優しいじゃない。だから、王子様なんて言われてたんだよ」

「優しくないよ」

「そんなことないよ」

「俺は優しくないよ。割とずる賢いし、誰にでも優しくできるほどいい人じゃない」

 彼は素っ気なく言い放った。私は疑問が湧いた。

 自分を優しくないと言う彼。けれど、私には優しい。彼の言葉を解析すると、彼が人を選んで優しくしているということになる。

 けどそれだと、私が選ばれて優しくされていることになる。それってつまり、どういうことだろう。

 なんて、そんな簡単なことがわからないほど、私は馬鹿じゃないし子供でもない。私だってもう二十五だ。いい加減、駆け引きみたいなものだって覚えた(漫画で覚えた知識だけど)。

 けれどだからこそよくわからない。彼は私を振ったのだ。なのにどうして、そんなことするのだろう。

 元カノと別れてから今まで。その間彼は誰かと付き合ったのだろうか。今付き合っている人がいないから、私の曖昧なアプローチに応じるのか。