とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-

 その翌日、俊介は聖から先日のブライダルフェアのことを聞いた。半分以上はお説教だったが、綾芽の本音が分かって俊介は安心した。

 散々営業をかけた甲斐はあったようだ。そのおかげで花嫁よりその辺りの事情は詳しくなったのではないだろうか。

 巻き添えを喰らった本堂は半死状態だが、彼には今度酒を奢る約束をしたから大丈夫だろう。

 後日、俊介は綾芽を誘って夕食に出かけた。

 綾芽は掛け持ちのバイトをやめ、今は花屋一本で仕事している。そのため以前よりも給料は少なくなったと言っていたが、自由に使えるお金は以前よりも増えたそうだ。俊介がそういう店に誘っても、特に何も言わなくなった。

 少しでも結婚式に対する拒否感をなくすために、俊介は店をかなり吟味した。披露宴の二次会場で使われているようなレストランを選んだが、雰囲気はバッチリだ。

 綾芽は以前よりも落ち着いていた。あまりそわそわしている様子ではなかった。

「綾芽さん、実は────」

「結婚式のことなんですが────」

 二人同時に切り出して、二人ともあっと口を止めた。俊介は今まさにそのことを言おうとしていたところだが、まさか綾芽もそのことを話そうとしているとは思わなかった。

「すみません。遮ってしまって。お先にどうぞ」

「いや、俺も同じことを言おうとしてたからいいよ」

 俊介が譲ると、綾芽は遠慮がちに話し始めた。

「この間、聖さんと一緒にブライダルフェアに行って来ました」

「ああ、聞いたよ」

「その、いろいろ楽しかったです。会場もすごく綺麗でしたし、お花も素敵で、いいなって思いました」

 綾芽からその言葉が聞けて、俊介は大いに安心した。これなら結婚式もできるかもしれない────と思った時だった。

「でも、現状そこまでの予算は私にはないんです。俊介さんが結婚式をしたいって気持ちは分かりますし、私もしたいと思います。でも────」

「贅沢はできないって?」

 綾芽は頷いた。

「綾芽さんは、贅沢することがどんなことか知ってるか?」

「え? それは……えっと、お金をたくさん使って、色々買ったり豪華な家に住んだり、とか……」

「俺は君よりもずっと贅沢してる人たちを見て来たつもりだ。贅沢っていうのは、実際必要とする以上のものを無駄に使うことだ。俺は結婚式をすることが、分不相応で、必要以上の贅沢だとは思わない。勿論、過度に使うのはよくないと思う。けど綾芽さんはそんなことはしないだろ?」

「分かってます。でも申し訳なくて……」

「じゃあ、交換条件をつけよう」

「交換条件、ですか?」

「もし結婚式をさせてくれるなら、俺は君を一生幸せにするって約束する。できるだけ不自由させないように努力する。君が不安に思わないように精一杯やるつもりだ。だから……」

「……それじゃあ、交換条件にならないじゃありませんか。不公平ですよ」

 綾芽は涙まじりにクスッと笑った。

「……分かりました。じゃあ、私も交換条件をつけます」

 今度は俊介が首を傾げた。

「私も、結婚式を挙げる代わりに……あなたを幸せにするって約束します。ご飯の腕も掃除の腕もあなたほどじゃありませんけど、精一杯頑張ります」

「────ほんっとうにずるい人だな。綾芽さんは……」

「ずるいのは俊介さんです。聖さんに相談して、私を説得しようとしていたんでしょう?」

「え、いや……」

 しどろもどろした俊介を見て、綾芽は横を向いて笑いを噛み殺した。

「怒ってませんよ。俊介さんが私のためにたくさん努力してくれたんですから」

「そうだよ。ウェディングの営業の仕事までしたんだ。これで結婚式出来なかったら努力が水の泡になるところだった」

「ウェディングの営業? 俊介さん秘書じゃないんですか?」

「聖が取ってこいって……いや、乗った俺も俺だけどな……」

 綾芽は察したのか、ああ……となんだか気の毒そうな目で俊介を見つめた。

「とにかく、綾芽さんはお金のことは気にしなくてい。藤宮の子会社がやってる式場で安く挙げられる。社員だから割引も効くし、社長秘書だからいろいろ融通きかしてくれることになったから」

「そこまで言われたら……やるしかありませんね」

 何はともかく、これで綾芽の説得は出来たわけだ。俊介はなんだか一仕事終えた気分になった。

 まだ何も始まっていないが、綾芽の花嫁姿が見られるのなら安いものだ。