思っていたより広い公園だ。先ほどの場所から少し離れると、人はほとんどいなくなった。街灯が多いのでそれほど暗くはないし、街の明かりが反射して雰囲気も悪くない。
眺めの良さそうなベンチに腰掛けて、先ほど買った軽食とアイスコーヒーを綾芽に手渡した。
「勝手に買って来たけど、食べれそうか?」
「平気です。なんでも食べれますから」
二人揃って食事にかぶり付いた。俊介はふっと感じた。なんだか、またあの時と同じだ。綾芽と一緒に食事していた木曜の昼と────。
綺麗に平らげると、綾芽はごちそうさまでした、と手を合わせた。
綾芽の食欲は元に戻ったようだ。あの時よりたくさん食べているし血色もいい。今更だが、あの時から二年経過したのだ。彼女も変わっていて当然だ。
「……綾芽さん。少し聞いてもいいか?」
「はい……」
「どうして……出て行ったんだ……?」
綾芽はすっと視線を下げて、申し訳なさそうに俯いた。
「虫がいいですよね。いきなり現れて……」
「違う。そういう意味じゃない。俺はただ、綾芽さんが出て行った本当の理由をちゃんと、君の口から聞きたいんだ」
説得するように綾芽の手を握る。ようやく綾芽はポツポツと語り始めた。
「……体調が悪くなって、病院に行ったんです。これ以上迷惑かけたくなくて、早く治さなきゃと思って……」
「あの時? 俺の知らない間に?」
綾芽は頷いた。
「おかしいなって思ってました。体がずっと怠くて、いつも気分が落ち込んでて……空き巣のことはショックでしたけど、それだけじゃないような気がして……そしたら、病院の先生に《《うつ》》だって言われたんです」
俊介はやはりそうか、と思った。綾芽はどう見てもおかしかった。明らかに態度が変わった。いつも落ち込んでいて、まるで重病人になったように気怠げだった。自分で調べた時そういう病名は出て来たが、綾芽には言わなかった。綾芽がさらに気にすると思ったからだ。
「治るのにどれくらいかかるか分からなくて、余計にパニックになって……早く俊介さんから離れないと、俊介さんまで巻き込むような気がしたんです」
「そんな理由で出て行ったのか」
俊介が怒ったように言うと、綾芽はふるふると頭を振った。
「いえ……。でも、どちらにしろ、俊介さんとは一緒にいられないと思っていました」
その言葉で俊介はショックを受けた。やはり自分が間違っていたのかと後悔を抱いた。俊介の表情に気付いたのか、綾芽は慌てて否定した。
「違うんです。一緒にいられないっていうのは……今のままの自分じゃ、俊介さんの足手まといだなって思ったからなんです」
「足手まとい? そんなことあるわけないだろ」
「借金もまだ残った状態で、仕事も落ち着いてない。こんな自分じゃ俊介さんと釣り合わないと思ったんです。だから、あの家から出ました」
「俺が、一度でもそんなこと言ったか……?」
「いいえ……でも、私がそうしたかったんです。自分の弱いところを克服しないと結局同じことを繰り返すと思いました。だからまず借金を返して、一人前の人間になるって決めたんです」
どう言えばいいか分からなかった。綾芽の決意は理解出来る。彼女はずっと借金に苦しんでいた。それがあるために自分を卑下していた。
借金を無事返すことができたのは喜ばしいことだが、また綾芽に無理をさせてのではないだろうか。二年で完済するなんて、そう簡単なことではなかっただろう。
「二年間、本当に大変でした。寝る間も惜しんで働きました。でも、俊介さんにまた会えると思えばそれほど苦じゃありませんでした」
「そう言って俺が喜ぶとでも思ってるのか……俺がどれだけ心配したと思ってるんだ……っ」
俊介はまた綾芽を抱きしめた。それは愛情と謝罪の意味を込めて、ぎゅっと彼女の感触を確かめた。
ごめんなさい、と。小さく声が聞こえた。
あの時、綾芽を失った時。どれほど心を痛めただろうか。あるのはただ後悔と悲しみだけだった。自分のやってきたすべてが無駄なことのように思えた。
「頼むから……もう、いなくならないでくれ」
「俊介さん」
綾芽の手のひらが俊介の背中をそっと撫でた。
「私はまだあなたが好きです」
その一言を聞いた瞬間、俊介はたまらなく幸せになった。
「俺はずっと綾芽さんが好きだよ」
そしてそう返すと、綾女はまた涙を流した。
俊介は綾芽をきちんと家まで送り届けた。本当はもう少し長く一緒にいたいが、彼女は明日も仕事がある。またいろいろやらかしそうなので、これぐらいで留めておくことにした。
綾芽の自宅は以前よりも少し大きなマンションだった。玄関にオートロックがついていたので、とりあえず安心した。
「送ってくださってありがとうございました」
「いや、俺の方こそありがとう。会えて嬉しかったよ」
なんだか名残惜しそうに綾芽に見つめられて、俊介はチラリと周囲に視線をやった。車の外は今のところ人はいない。だが、一応外だ。聖にも言われ、綾芽にも指摘された。ここは引いておくべきかもしれない。
俊介は綾芽の額にそっと唇を寄せた。まるで中学生みたいだが、こんなところで本気のキスをかましてしまったらまた怒られることになりそうだ。
顔を話すと、綾芽はまだなんだか名残惜しげだったが、「おやすみなさい」と言いながらペコリと頭を下げて慌てたようにマンションのエントランスに向かって走った。
ポカンとその様子を見ながら、俊介の口はだらしなくにやけた。
二年も経ったのに成長しないと言われそうだ。だが、こればかりは仕方ない。
綾芽が見えなくなって少しして、俊介はようやく車に乗り込んだ。
眺めの良さそうなベンチに腰掛けて、先ほど買った軽食とアイスコーヒーを綾芽に手渡した。
「勝手に買って来たけど、食べれそうか?」
「平気です。なんでも食べれますから」
二人揃って食事にかぶり付いた。俊介はふっと感じた。なんだか、またあの時と同じだ。綾芽と一緒に食事していた木曜の昼と────。
綺麗に平らげると、綾芽はごちそうさまでした、と手を合わせた。
綾芽の食欲は元に戻ったようだ。あの時よりたくさん食べているし血色もいい。今更だが、あの時から二年経過したのだ。彼女も変わっていて当然だ。
「……綾芽さん。少し聞いてもいいか?」
「はい……」
「どうして……出て行ったんだ……?」
綾芽はすっと視線を下げて、申し訳なさそうに俯いた。
「虫がいいですよね。いきなり現れて……」
「違う。そういう意味じゃない。俺はただ、綾芽さんが出て行った本当の理由をちゃんと、君の口から聞きたいんだ」
説得するように綾芽の手を握る。ようやく綾芽はポツポツと語り始めた。
「……体調が悪くなって、病院に行ったんです。これ以上迷惑かけたくなくて、早く治さなきゃと思って……」
「あの時? 俺の知らない間に?」
綾芽は頷いた。
「おかしいなって思ってました。体がずっと怠くて、いつも気分が落ち込んでて……空き巣のことはショックでしたけど、それだけじゃないような気がして……そしたら、病院の先生に《《うつ》》だって言われたんです」
俊介はやはりそうか、と思った。綾芽はどう見てもおかしかった。明らかに態度が変わった。いつも落ち込んでいて、まるで重病人になったように気怠げだった。自分で調べた時そういう病名は出て来たが、綾芽には言わなかった。綾芽がさらに気にすると思ったからだ。
「治るのにどれくらいかかるか分からなくて、余計にパニックになって……早く俊介さんから離れないと、俊介さんまで巻き込むような気がしたんです」
「そんな理由で出て行ったのか」
俊介が怒ったように言うと、綾芽はふるふると頭を振った。
「いえ……。でも、どちらにしろ、俊介さんとは一緒にいられないと思っていました」
その言葉で俊介はショックを受けた。やはり自分が間違っていたのかと後悔を抱いた。俊介の表情に気付いたのか、綾芽は慌てて否定した。
「違うんです。一緒にいられないっていうのは……今のままの自分じゃ、俊介さんの足手まといだなって思ったからなんです」
「足手まとい? そんなことあるわけないだろ」
「借金もまだ残った状態で、仕事も落ち着いてない。こんな自分じゃ俊介さんと釣り合わないと思ったんです。だから、あの家から出ました」
「俺が、一度でもそんなこと言ったか……?」
「いいえ……でも、私がそうしたかったんです。自分の弱いところを克服しないと結局同じことを繰り返すと思いました。だからまず借金を返して、一人前の人間になるって決めたんです」
どう言えばいいか分からなかった。綾芽の決意は理解出来る。彼女はずっと借金に苦しんでいた。それがあるために自分を卑下していた。
借金を無事返すことができたのは喜ばしいことだが、また綾芽に無理をさせてのではないだろうか。二年で完済するなんて、そう簡単なことではなかっただろう。
「二年間、本当に大変でした。寝る間も惜しんで働きました。でも、俊介さんにまた会えると思えばそれほど苦じゃありませんでした」
「そう言って俺が喜ぶとでも思ってるのか……俺がどれだけ心配したと思ってるんだ……っ」
俊介はまた綾芽を抱きしめた。それは愛情と謝罪の意味を込めて、ぎゅっと彼女の感触を確かめた。
ごめんなさい、と。小さく声が聞こえた。
あの時、綾芽を失った時。どれほど心を痛めただろうか。あるのはただ後悔と悲しみだけだった。自分のやってきたすべてが無駄なことのように思えた。
「頼むから……もう、いなくならないでくれ」
「俊介さん」
綾芽の手のひらが俊介の背中をそっと撫でた。
「私はまだあなたが好きです」
その一言を聞いた瞬間、俊介はたまらなく幸せになった。
「俺はずっと綾芽さんが好きだよ」
そしてそう返すと、綾女はまた涙を流した。
俊介は綾芽をきちんと家まで送り届けた。本当はもう少し長く一緒にいたいが、彼女は明日も仕事がある。またいろいろやらかしそうなので、これぐらいで留めておくことにした。
綾芽の自宅は以前よりも少し大きなマンションだった。玄関にオートロックがついていたので、とりあえず安心した。
「送ってくださってありがとうございました」
「いや、俺の方こそありがとう。会えて嬉しかったよ」
なんだか名残惜しそうに綾芽に見つめられて、俊介はチラリと周囲に視線をやった。車の外は今のところ人はいない。だが、一応外だ。聖にも言われ、綾芽にも指摘された。ここは引いておくべきかもしれない。
俊介は綾芽の額にそっと唇を寄せた。まるで中学生みたいだが、こんなところで本気のキスをかましてしまったらまた怒られることになりそうだ。
顔を話すと、綾芽はまだなんだか名残惜しげだったが、「おやすみなさい」と言いながらペコリと頭を下げて慌てたようにマンションのエントランスに向かって走った。
ポカンとその様子を見ながら、俊介の口はだらしなくにやけた。
二年も経ったのに成長しないと言われそうだ。だが、こればかりは仕方ない。
綾芽が見えなくなって少しして、俊介はようやく車に乗り込んだ。



