「そこいられると邪魔なんだけど」


 岬に初めて声をかけた日、給湯室で泣いているところにいるのがとてつもなく邪魔で心の底からデリカシーのない言葉を吐き出した。その頃。まだ野暮ったくて分厚い眼鏡に黒髪を後ろで一つに縛っただけの岬は、ヘアゴムも中高生が付けてるような透明ゴム? 100均で売ってるようなので、その日に限って色味が輪ゴムみたいだし、メイクはしていなくて、隅っこで蹲る様がこう言ってはなんだが鼠みたいだと思った。

 同じ部署でいじめがあったらしい。いつも庶務課に行くたびギラついた茶髪カールの化粧の濃い女、ボブの目力ヤバい女、それからふんわり系を装ってカラコンばちばちに入れてるあざとメンヘラ集団に取り囲まれる傍らに岬の存在を見ていたから、すぐにそれが問題だと分かった。

 多かったんだそうだ、その頃。女子特有の嫌がらせもあれば、仕事を任せて自分たちは合コンや定時退社に明け暮れたりと。絶望的な人間性、謎のマウントの取り合い。そこらの合コンでやっとけよ、と躱しておけばいいものを、壊れやすいものほど、純粋で真面目なものほど、真に受けて自分を責めていく。


「す、すいません」

「安藤と江原と志野」
「え、」
「あいつらまじ怖じゃんな。お前んとこの庶務課行くたびアマゾン来たんかってくらい集ってくるからハイエナ認定してる俺」


 そしたらお前圧倒的にチーターに一発で首取られる草食動物だ、と笑って冷蔵庫に入れていた珈琲ゼリーを取ったら、目を丸くした岬を何故か、その時本当に何故か、よくわからないけれど可愛いと思った。

 多分頭がわいていたのだ。じゃなきゃ好き好んで誰がヒエラルキー最底辺に心惹かれるというのだろう。


「俺と付き合ったら目に物言わせられるかもよ」


 だから、そんな訳の分からないことを口走った。性格が悪い。上から目線。態度がでかい。何様。高校大学時代、付き合ってきた彼女にことごとく言われてきた言葉だった。だから次会った人にはせめて下から、優しく、頭を下げよう。

 そう、寝る前に何度となく唱え続けてきた結果がこれだ。