────毎度毎度ご苦労なことだ。

 俊介は自分が仕事するフロアにたどり着くと聖の部屋の前にいた護衛を見て心の中で溜息をついた。

 もうすっかり見慣れたが、彼らとはほとんど話をしない。だから毎日顔を合わせていても、仲良くなるなんてことはなかった。

「問題はなかったか?」

「はい」

 さも「そちら側」であるかのように振舞って、俊介は執務室の扉をノックした。

 こんな会話のやり取りも正義への報告も、所詮は猿芝居だが効果はあるらしい。長年仕えている青葉家への信頼からか、正義は報告を鵜呑みにして疑わなかった。

 執務室に入ると、聖の顔がパアッと明るくなったのが分かった。

 俊介が本堂に会ってきた、ということが分かっているからだろう。きっと、早く本堂のことが聞きたいに違いない。

「ほら、取引先の《《契約書》》だ」

 俊介はそう言って会社の封筒を聖に手渡した。

 中には本堂からのメモが入っている。間髪入れず聖はそれを開けて読み始める。その表情が嬉しそうになったのを見て、俊介もつられて笑ってしまった。

「何が書いてあるんだ?」

「だ、駄目! 俊介には見せないわよ! 大事な契約書なんだから」

「言われなくても、想像すれば分かるさ」

 本堂の性格で、ラブレターなんて書いたりしないだろう。きっと彼は、短くてもシンプルな言葉で、聖に想いを伝えるはずだ。

「……とにかく、持って来てくれてありがとう。取引先の社長さんはどうだった?」

「ああ、元気にしてた。ここ最近は忙しいらしいがな……なんとかやってるそうだ」

「そっか……それなら良かった」

 お父様が何かしてるんじゃないかって、心配だったの、と。聖はボソボソと呟いた。

「してるみたいだが、それぐらい先読みしてるそうだ。賢いからな」

「そうね」

 聖はいつかの本堂を思い出しているのだろう、可笑しそうに笑った。

 病室で散々正義と白鳥をおちょくっていた本堂のことだ。そう簡単に罠に引っかかるはずもない。正義達の機嫌が悪いのも、恐らくそのせいだろう。

 あの時俊介は扉の向こうでこっそりと聞いていたが、後から思い返せば爽快な場面だったな、と思った。

 本堂と聖が何を考えているかはまだ分からなかったが、二人ならば大丈夫だろう。

「俊介」

「なんだ?」

「私、頑張るね」

 聖は決意したように凛々しげな笑みを浮かべた。