本堂と正義の大騒動があってからしばらく経った後、本堂から連絡があり、俊介は都内のとあるホテルに呼び出されていた。
俊介はエレベーターに乗り、指定されたフロアへ向かった。
一応周囲に視線をやり、誰もいないことを確認すると、ある部屋のインターホンを鳴らした。
ほどなくして、中からガチャリと鍵が開く音がして、扉がわずかに開いた。体を滑り込ませるように俊介は中に入った。
「元気してるか?」
中から扉を開けてくれた本堂に、俊介は笑顔を浮かべた。
こうして本堂に会うのはかなり久しぶりのことだ。本堂があの日正義と白鳥に宣戦布告してから、もう半年が経っていた。
「まあな」
「今度はこのホテルか。移動が大変だろう」
「もう慣れた」
本堂は挨拶もそこそこに部屋の奥へと足の向きを変えた。
シングルでもそこそこの値段がするホテルの一室を密会場所に指定したのには訳があった。
本堂はあれからホテル住まいになった。
というのも、部屋を借りることは出来たが、それだと藤宮の監視が厳しいため見張られやすい。ホテルのように部屋と建物の中を移動出来る方が都合がいいのだと、マンションを借りずこうして生活するようになったのだ。
藤宮の息の根がかかっていない企業が経営するホテルを選び、その中で部屋の移動を繰り返しながら生活しているという。
ホテルならば食事は作ってくれるし、最低限の外出だけで済むから割と便利なのかもしれない。
小さめのテーブルの上には本堂のノートパソコンが置かれていた。先ほどまで仕事をしていたようだ。資料もいくつか広げられたままになっている。
ベッドメイキングがされていないのか、シーツはぐちゃぐちゃだ。俊介はつい性分でそれを直したくてウズウズした。
「折角聖の様子を知らせようと思ってきたのに、俺が来るって分かってたならもう少し片付けろよな」
「だったら聖を直接寄越せよ」
「しょうがないだろ。護衛が引っ付いてるんだ」
本堂は部屋にある備え付けのコーヒーメーカーのスイッチを入れた。慣れた様子だ。もう何度も使っているのだろう。
「それで、聖はどうだ」
「今日も元気に溜息ついてたぞ。護衛が邪魔だって毎日イライラしてる」
「それぐらいでいい」
「聖も色々考えてるみたいでな。何をするのかまでは知らないが……」
「好きなようにさせてやれ。あいつも自分の役割はわかってる。自分の会社をいつまでもタヌキの好きなようにはさせねえだろ」
「本堂はわかるのか?」
「そりゃあな」
本堂は含み笑いをして俊介の前にコーヒーを置いた。そして自分はベッドに腰掛けると、パソコンを膝の上に置いて作業し始めた。
俊介は疑問に思った。いくら本堂が正義と白鳥の会社を潰すと言っても、聖は現在その会社で正義の補佐をしている。
潰すというのは言葉のあやなのだろうが、例えばそれによって藤宮グループの業績が悪化すれば社員が路頭に迷う可能性も出てくるだろう。それを聖は許さないだろうし、本堂も自分が勘違いした復讐の原因のようなことはしたくないはずだ。
だから彼がどういう策を用意しているのか気になった。
「本堂の方はどうなんだ。社長と白鳥からは何もされてないのか?」
「されてるが、あいつらがしそうなことは予想してたからな。仕事の邪魔は入ったが……やることが三流なんだよ。どうせ、後悔させてやる! とかんなことしか考えてねえんだ」
「まあ、その通りだな。最近社長室に行くと大体いつも白鳥がいるんだが……考え方が単純というか猪みたいなんだよ」
「その方がこっちは助かるけどな。聖が相手だったらマズかった」
「それはそれで面白そうだ」
「冗談言うな。あいつと勝負なんてしたら返り血だけじゃ済まねえよ」
俊介は正直、正義に対していい感情を抱いていなかった。
だからむしろ正義がさっさと退任し、聖が社長として会社を引っ張ってくれるならその方がずっといいと思っていた。聖の方がどう考えても社長として適任だからだ。
他人の気持ちを慮れることは聖の強みだ。経営の手腕は勿論のことだが、苦労してきただけに社員のこと第一に考える。聖は他人を従わせるカリスマ性を持っている。
それが社員にも伝わっているのだろう。入社時は反発するものも多かったが、しばらくしてそれは消えた。彼女を関わった者たちが身をもってそれを体験したからだ。
弱点があるとすれば非情になりきれない一面があるということだろうか。大企業のリーダーとして、時には辛い選択を迫られることもあるだろうが、聖はそういう時社員を犠牲にしようとするより、自分を削ることを選んでしまう傾向にある。
だが、それでは会社が成り立たない。足はいくつあっても足りるが、頭は一つだけなのだ。聖もそのことが分かっているのだろう。だから本堂のような男が部下で安心できていたはずだ。
その本堂の強みは実行力と冷静さだから、聖のように精神的に従わせる力よりは、もっとロジカルなものだ。数字を扱うことにかけては大得意だから、聖とは真逆かもしれない。
本堂のように理屈で考える男は、計算すればどうにかなる数字よりも人間を扱うことの方が遥かに面倒だと考えているのだろう。従えと言って従うものではないし、不器用な本堂にはそもそも向いていない仕事だ。
聖と本堂はお互い苦手とする部分を補える関係だった。だから、正義なんかよりも聖の方が相手が悪いのだ。弱点が分かっているのだから。
────お似合いの二人だ。俊介は思わず笑った。
「本堂、俺はそろそろ帰るぞ。会社に戻らないと聖に叱られる」
「ああ……ちょっと待て」
本堂は机の上にあったメモ用紙に何か書くと、折りたたんで俊介に手渡した。
「ラブレターか?」
茶化したように尋ねると、本堂はムッと顔をしかめた。
「うるせえな。直接連絡できねえんだから仕方ねえだろ」
「ちゃんと渡しておくよ。じゃあな」
俊介は部屋を後にして、聖が待つ本社ビルに戻ることにした。
俊介はエレベーターに乗り、指定されたフロアへ向かった。
一応周囲に視線をやり、誰もいないことを確認すると、ある部屋のインターホンを鳴らした。
ほどなくして、中からガチャリと鍵が開く音がして、扉がわずかに開いた。体を滑り込ませるように俊介は中に入った。
「元気してるか?」
中から扉を開けてくれた本堂に、俊介は笑顔を浮かべた。
こうして本堂に会うのはかなり久しぶりのことだ。本堂があの日正義と白鳥に宣戦布告してから、もう半年が経っていた。
「まあな」
「今度はこのホテルか。移動が大変だろう」
「もう慣れた」
本堂は挨拶もそこそこに部屋の奥へと足の向きを変えた。
シングルでもそこそこの値段がするホテルの一室を密会場所に指定したのには訳があった。
本堂はあれからホテル住まいになった。
というのも、部屋を借りることは出来たが、それだと藤宮の監視が厳しいため見張られやすい。ホテルのように部屋と建物の中を移動出来る方が都合がいいのだと、マンションを借りずこうして生活するようになったのだ。
藤宮の息の根がかかっていない企業が経営するホテルを選び、その中で部屋の移動を繰り返しながら生活しているという。
ホテルならば食事は作ってくれるし、最低限の外出だけで済むから割と便利なのかもしれない。
小さめのテーブルの上には本堂のノートパソコンが置かれていた。先ほどまで仕事をしていたようだ。資料もいくつか広げられたままになっている。
ベッドメイキングがされていないのか、シーツはぐちゃぐちゃだ。俊介はつい性分でそれを直したくてウズウズした。
「折角聖の様子を知らせようと思ってきたのに、俺が来るって分かってたならもう少し片付けろよな」
「だったら聖を直接寄越せよ」
「しょうがないだろ。護衛が引っ付いてるんだ」
本堂は部屋にある備え付けのコーヒーメーカーのスイッチを入れた。慣れた様子だ。もう何度も使っているのだろう。
「それで、聖はどうだ」
「今日も元気に溜息ついてたぞ。護衛が邪魔だって毎日イライラしてる」
「それぐらいでいい」
「聖も色々考えてるみたいでな。何をするのかまでは知らないが……」
「好きなようにさせてやれ。あいつも自分の役割はわかってる。自分の会社をいつまでもタヌキの好きなようにはさせねえだろ」
「本堂はわかるのか?」
「そりゃあな」
本堂は含み笑いをして俊介の前にコーヒーを置いた。そして自分はベッドに腰掛けると、パソコンを膝の上に置いて作業し始めた。
俊介は疑問に思った。いくら本堂が正義と白鳥の会社を潰すと言っても、聖は現在その会社で正義の補佐をしている。
潰すというのは言葉のあやなのだろうが、例えばそれによって藤宮グループの業績が悪化すれば社員が路頭に迷う可能性も出てくるだろう。それを聖は許さないだろうし、本堂も自分が勘違いした復讐の原因のようなことはしたくないはずだ。
だから彼がどういう策を用意しているのか気になった。
「本堂の方はどうなんだ。社長と白鳥からは何もされてないのか?」
「されてるが、あいつらがしそうなことは予想してたからな。仕事の邪魔は入ったが……やることが三流なんだよ。どうせ、後悔させてやる! とかんなことしか考えてねえんだ」
「まあ、その通りだな。最近社長室に行くと大体いつも白鳥がいるんだが……考え方が単純というか猪みたいなんだよ」
「その方がこっちは助かるけどな。聖が相手だったらマズかった」
「それはそれで面白そうだ」
「冗談言うな。あいつと勝負なんてしたら返り血だけじゃ済まねえよ」
俊介は正直、正義に対していい感情を抱いていなかった。
だからむしろ正義がさっさと退任し、聖が社長として会社を引っ張ってくれるならその方がずっといいと思っていた。聖の方がどう考えても社長として適任だからだ。
他人の気持ちを慮れることは聖の強みだ。経営の手腕は勿論のことだが、苦労してきただけに社員のこと第一に考える。聖は他人を従わせるカリスマ性を持っている。
それが社員にも伝わっているのだろう。入社時は反発するものも多かったが、しばらくしてそれは消えた。彼女を関わった者たちが身をもってそれを体験したからだ。
弱点があるとすれば非情になりきれない一面があるということだろうか。大企業のリーダーとして、時には辛い選択を迫られることもあるだろうが、聖はそういう時社員を犠牲にしようとするより、自分を削ることを選んでしまう傾向にある。
だが、それでは会社が成り立たない。足はいくつあっても足りるが、頭は一つだけなのだ。聖もそのことが分かっているのだろう。だから本堂のような男が部下で安心できていたはずだ。
その本堂の強みは実行力と冷静さだから、聖のように精神的に従わせる力よりは、もっとロジカルなものだ。数字を扱うことにかけては大得意だから、聖とは真逆かもしれない。
本堂のように理屈で考える男は、計算すればどうにかなる数字よりも人間を扱うことの方が遥かに面倒だと考えているのだろう。従えと言って従うものではないし、不器用な本堂にはそもそも向いていない仕事だ。
聖と本堂はお互い苦手とする部分を補える関係だった。だから、正義なんかよりも聖の方が相手が悪いのだ。弱点が分かっているのだから。
────お似合いの二人だ。俊介は思わず笑った。
「本堂、俺はそろそろ帰るぞ。会社に戻らないと聖に叱られる」
「ああ……ちょっと待て」
本堂は机の上にあったメモ用紙に何か書くと、折りたたんで俊介に手渡した。
「ラブレターか?」
茶化したように尋ねると、本堂はムッと顔をしかめた。
「うるせえな。直接連絡できねえんだから仕方ねえだろ」
「ちゃんと渡しておくよ。じゃあな」
俊介は部屋を後にして、聖が待つ本社ビルに戻ることにした。