聖が退院すると、正義は聖に護衛と称した男を何人もつけ、本堂が容易に近付けないようにした。  

 護衛は毎日のように聖の私室、家の前、執務室の前に、まるで狛犬のように居座った。

 カツカツと苛立たしげにデスクに爪を立てながら、聖はドアを睨みつける。ドアの向こうにいる護衛に気が散ってなかなか仕事がはかどらないのだろう。

「立ってるだけでお金がもらえるなんて、給料泥棒もいいところね」

 憎々しげにふん、と鼻を鳴らす。

「まあ、仕事だからな」

 俊介は困ったように肩をすくめた。

 四六時中張り付かれているせいで聖の機嫌は最悪だった。

 俊介は毎日のように聖の愚痴を聞かされた。聖が気の毒だったが、あれだけのことがあったのだから仕方がない。あの正義を怒らせたのだから。

 だが、自分がそばにいられるのはラッキーなことだった。

 正義達は自分と本堂が繋がっているとは思っていない。自分が聖と本堂の橋渡をして、連絡をとることが出来るのは不幸中の幸いだ。

 だから俊介は表向きには正義側に立ち、影でこっそりと本堂に情報を流していた。

 本堂とは会って話をしているわけではないから詳しい話はしていないが、本堂は親が経営していた会社を母体に子会社を立ち上げたという。今のところ経営は順調らしい。本堂のことだから正義と白鳥の妨害さえなければ、会社を大きくすることなんてわけないだろう。

 それでも藤宮グループは日本を代表する大企業だ。それに五年で追い付くというのだから、相当努力しなくてはならないはずだ。
 
 本堂が具体的にどういう策を用意しているか、俊介は知らない。

 だが、本堂は聖の元補佐役だ。会社の情報という情報はその頭に叩き込まれている。なら、藤宮の落とし穴も見つけることができるのかもしれない。

「俊介……あの────」

 聖は顔を上げ、窺うように俊介を見つめた。口を開けているが、言葉は出てこない。どこかためらうような様子に、本堂のことを聞こうとしているのだと察した。

 聖は自分を通してのみ本堂とやりとりができる。だから聖も不安なのだろう。

 護衛が張り付いている以外で、聖の生活に変化はない。元々監視に近い状態で過ごしていたし、自分がその役目をしていた。

 あるとすれば、正義と白鳥が躍起になっていることくらいだ。ことあるごとに二人揃って本堂のことをあれこれという様子は、本堂が「暇人」と称した通りだ。

 俊介は小声で聖に耳打ちした。

「心配しなくていい。あいつなら上手くやるさ」

「それはそうだけど、私彼がここで仕事してる姿と家庭教師してる姿くらいしか知らないから……どうやって五年で勝つつもりなのか予想できないのよ」

 聖もまた小声で喋りかけた。

「奇想天外な本堂のことだ。俺らでは思いつかないことを考えてるんじゃないか? なんてったって、復讐のために聖に近づいたくらいだからな」

「それだけど、結局何の復讐か聞けてないのよね……もしかして、俊介は知ってるの?」

「知ってるよ、直接聞いたからな。でもプライベートなことだからあいつから直接聞いたほうがいい」

「そっか……ううん、勘違いだったって言ってたけど、どんなことなのか一応気になって」

「敢えていうなら、本堂は家族思いだってことだな」

 俊介の返事を聞いて、聖は理解したように頷いた。

 藤宮に恨みを抱く企業は多い。藤宮グループが潰してきた企業は一つや二つではないと彼女も知っている。それだけ言えば、想像はつくだろう。

「……私がしようとしていることは、親不孝かもね」

「やっぱり気になるのか?」

「……ううん。でも、あの人達は子不幸だから。私の方こそ復讐なのかも」

「同じことされたら……誰だって怒るさ。お前がひねた性格に育たなかっただけでも凄いことだよ」

「逆にあの親だったからね。同じにはなりたくないってずっと思ってたから……」

 本当に、聖がまっすぐに育ったのは奇跡的なことだと思えた。幼い頃から聖と一緒にいるが、聖は周囲に溶け込まず、流されているようで自分を持っていた。

 それを周囲は藤宮とその他大勢の間に線引きをしているからだと思っていたのだろうが、ただ反面教師になっていただけだ。

「聖はどうするんだ? このまま監視され続けるのも嫌だろう」

「……ちょっと考えがあってね」

「考え?」

「ただ五年も待つのは退屈だから。私なりに会社のことを考えるわ」

「どうするんだ?」

「俊介は、このまま私と一緒に働きたい?」

 突然、聖はそんなことを尋ねた。

「当たり前だろ! 俺はお前の執事で秘書なんだ。俺がやらなきゃ誰がお前の面倒見るんだ?」

「そっか。じゃあ、頑張るね」

「どういうことだよ?」

「その内、俊介にもわかるわ」

 聖は人差し指を唇にあて、意味ありげに笑った。

 聖も本堂も、秘密主義者なのだろうか。俊介は二人が何を考えているか図りかねていたが、二人がやることに間違いはないだろう、とそれぞれに任せることにした。

 自分も彼らのためにやらなければならないことがある。

「俺に出来ることがあったら言ってくれ」

「もちろん。俊介には頼みたいことが山ほどあるの。バシバシ働いてもらうから覚悟してね」

 本気なのか冗談なのか、それも分からなかったが、聖が楽しそうに笑っていたので、俊介は安心して頷いた。