あの人事異動以来、関わった社員が聖に声を掛けるようになった。

 以前は遠巻きに見ていてるか、姿を見ただけで勢いよく頭を下げられることが多かったが、最近はそれも少し緩和されたように思う。

 聖の判断が適切だったと誰もが思っているのだろう。入社した頃のように、陰口を聞くことは少なくなっていた。

 聖は社長補佐として立派にその役割を果たしていた。正義がやらなかったことまで積極的に行動して、社員への労いを忘れなかった。

 ほんの些細な行動も、昔出回っていた噂とのギャップがあったからからか、相まって評価されている。

 それは身近にいた本堂も感じていることだった。

 想像していたのは高飛車で我儘なお嬢様。金持ち相手に一般人が想像できることなんてそれくらいしかない。

 だが、聖は違った。謙虚で、立場上命令することはあっても決して人を見下したりはしない。相手を対等な立場で見た。

 藤宮の家に生まれながら、聖は一番藤宮らしくなかった。

 複雑だった。そんなことは分かっていたが、憎しみは捨てられない。聖が評価されて喜ぶ自分と、それに苦しむ自分がいることに気が付いた。

 忘れてはならない。ここに来た本来の目的は、藤宮グループに復讐することだ。なのに言い聞かせれば言い聞かせるほど、それが浮いたセリフに思えてくる。

 聖は相変わらず大変そうだが、業務に慣れてきたこともあってか前ほど切羽詰まってはいない。

 正義はその様子に満足しているようだった。この様子ならば早く跡を継がせることが出来ると、自分のことのように自慢していた。

 本来ならば、きっと────自分の怒りの矛先はこちらになる。

 入社当初はそうするつもりだったが、藤宮を潰すという目的からターゲットを変更した。

 正義が退任したところで、後継の聖が残っていては意味がない。

 追い落とす策はいくらでもある。ちょっとデータを改ざんすれば大きな企業なだけに、明るみに出れば会社のイメージは著しく下がるだろう。それぐらい今の自分には簡単なことだった。

 だが、それは今ではない。

 聖を傷つけて、もう会社なんて継ぎたくないと思わせるくらい痛めつけること。それに躊躇はしない。

 聖が一番信頼を寄せる人間になって、一番酷い裏切りをしてやろうと思った。

 そうすれば聖も、「たった一羽の雛」のことなんて構っていられなくなるだろう。それが人間だ。聖の父親────正義だってそうだった。

 両親の会社を簡単に見捨てて、自殺に追い込んだ。欲の塊のような人間。誰だって、本性はそうだ。

 聖も────綺麗を装ってはいるが、本当はそのはずだった。