家庭教師の時間になると聖は水を得た魚のように活き活きとした。

 今日も聖は本堂にいくつも質問をぶつけ、本堂はそれに逐一答えた。

「明日からの卒業試験。それで一番が取れたら……約束覚えてるわよね?」

「さあな」

「またはぐらかすのね。いいわ、別に本気にしていないから」

「それが出来ればの話だ」

「出来ないとでも思ってるの?」

「相当自信があるんだな」

「もちろんよ。伊達に馬鹿みたいに勉強してるわけじゃないもの」

 本堂は意地悪そうな笑みを浮かべた。

 笑っているのに、どこか冷たい視線。それは大多数の人間が聖に見せる媚を売るものでも体裁をつくろうためのものでもない。

 本堂が時折見せる表情────。気にはしていたが、いつものように問い詰めることはできなかった。

 はぐらかされるのは目に見えていたし、答えてくれるほど本堂は素直に見えない。

 本当はいろいろ聞きたいことがある。

 どうして、藤宮の会社に入ったのか。仕事は楽しいか。家庭教師をするのはなぜなのか。どうして────そんな目をしているのか。

 本堂が帰った後、聖は就寝するでも風呂に入るわけでもなくぼうっと佇んだ。

 授業は、楽しい。本堂の人を馬鹿にしたような態度も、自分の前でふざけてくれることも、新鮮でただ嬉しかった。それが本当の感情を向けてくれているのであれば────。

「聖、浴室の準備が出来たが……入らないのか?」

 扉の隙間から俊介が顔を出した。ずいぶん長いこと呆けていたらしい。

「……あ、忘れてた。今から入るわ」

「どうしたんだ?」

「彼って、変わってるわね」

 聖がいうと、俊介は可笑しそうに笑った。

「今更だろ? 俺は不思議でしょうがないよ。あいつが聖の家庭教師なんてな」

 俊介は恐らくその見た目といい中身といい、本堂のことを気に入っていないのだろう。執事として従順に、ひたすら真面目を貫く俊介とは真反対の存在だ。

 本堂は例えるなら、先生の目の前だけは優等生でいるタイプだ。生真面目な俊介と合うわけがなかった。

「俊介は本堂先生のこと嫌いだものね」

「別にそんなこと言ってないだろ。ただそりが合わないだけだ」

 俊介が気を使って嘘をついていると分かったが、聖は敢えてそれ以上追求しなかった。