気付いたら雅ちゃんが僕の隣に立っていて、抱きしめようと手を伸ばすが、手が泡でいっぱいだったことに気づいて元に戻した。

「大丈夫だった?」
「体はね」
「心はダメだったかあ。話聞こうか?」

 手をしっかり洗って雅ちゃんを部屋にあったソファに座らせる。そして僕はその隣に座った。

 雅ちゃんは僕の肩に頭を預けて、息を吸って吐いて、ぽつぽつと語り出した。

「私、会社を継ぎたいの。自分の力で、ちゃんとやりたいってずっと思ってた」
「うん」
「だけどね、お父さんが早く婚約結べって言ってきた。婚約した相手に仕事任せるからって。私が、継ぎたいのに」
「そっか」

 下を向いて話した雅ちゃんは、いつもの強い雅ちゃんとは違って、一人のかよわい女の子だった。世間という壁が強すぎて立ち向かえない女の子。

「ずっと拒否してたけど、今日言われたの。自分で決める気がなければこっちで婚約者決めて婚約させるって」
「それは、嫌だね」
「嫌だよ。自分のしたいこともさせてくれないのに、自分の大切な未来、結婚相手も決められるなんて」

 雅ちゃんの手がくしゃっとスカートを掴んだ。行き場のない怒りを、悲しみをぶつけるように。けど、僕は雅ちゃんの頭を撫でるくらいしか出来ることがなかった。

「受け入れないといけないのかな」
「そんなこと、無いと思う」
「そう、かな。ありがとうね。蒼。話聞いてくれて」

 その時、雅ちゃんの目には今までなかった諦めが映っているように見えて、僕は慌ててソファから立った。

 そして、雅ちゃんの前に跪いて、手を優しく握る。綺麗なのに色んなところに怪我があって、努力の証のように見えた。