「何なのこの成績は!」お母さんの怒鳴り声がリビングに響いた。先週終えたテストの結果を見て母は顔を真っ赤にして怒っている。
「あんた、この成績がどういう意味を表してるか分かる?このままじゃ第一志望に受かんないわよ!もっと受験生という自覚を持ちなさい!」(早く終わんないかな)私の成績はそれ程酷くはない。平均80点以上で順位も上位の方だ。しかし、母が言う第一志望はこの成績では受かるか落ちるか微妙な境目だ。
「別に私が行きたいわけじゃないし…」
バンッ「何なのその態度は!」机を思い切り叩き母は勢いよく立ち上がった。座っていた椅子がひっくり返り床にぶつかる音がした。
「母さん仕方ないよ。姉ちゃんはこれ以上無理だよ。元々生まれ持つ才能が違うんだから。」倒れた椅子を戻しながら言った少年は一つ下の弟の太陽だ。太陽は私よりも頭が良く成績は平均95点で学年1位を納めている。それ以外にも運動神経抜群でジャニーズ並の顔立ちで女子からはモテている。「あんたは関係ないでしょ!部屋に戻っててよ」私は太陽が大嫌いだ。いつも人を馬鹿にしているように見てきて内心では嘲笑っているのだ。「太陽はお部屋で勉強してなさい。今は2人っきりで話したいの。」「分かったよ母さん。でも程々にね?」太陽はニヤリと私を見てから部屋に戻っていった。(何なのよアイツ!まじで腹立つ。)「愛、次のテストでもし成績が上がらなかったらもう知らないわ。お母さんは諦める。ただ、学費は自分で払ってもらうわ。」「ちょっと待ってよ!中学生の私にどうやって払わせるのよ。」「そんなの自分で考えなさい」(私に売春しろとでも言うの?)「嫌だったら次のテストで結果を出す事ね。」お母さんはそれだけ言って夕飯の支度に取り掛かった。(いくら思い通りの成績にならないからってここまでする必要ないじゃない。ここまで酷い人だったなんて…)トントン「姉ちゃん、ちょっといい?」「応える前に入って来てるじゃない。」太陽は部屋に入ってきて私の隣に座った。「要件は何よ?」私の問に太陽はニヤリと笑った。こういう時の太陽はいつも悪いことを考えている。「姉ちゃん次のテスト頑張らないとやばいんでしょ?俺が教えてあげようか?」「何言ってんの。中二のあんたが中三の問題を解けるわけないじゃん。」「姉ちゃん俺を誰だと思ってんの?」「うっざ!」「んで、どうすんの?教わる?教わらない?」「あんた、何企んでんの?お金なんてないわよ。」「金なんていらねぇよ、別にただ教えてあげてもいいと思っただけだよ。」
「あんた、贅沢してんね。」「うるせぇよ。どっちにすんだよ。」(うーん、太陽に教わるのは正直嫌だけどこのままじゃ売春しないと行けなくなるし…)「分かった。私に勉強教えて。」私は太陽の方に体を向けてお願いをした。「ったく、仕方ねぇな!教えてあげるよ。」「あんた、本当にムカつくね。」
「何だよ。人がせっかく教えてあげようと思ってんのに…」「はいはい、ありがとう。明日からよろしくね。」太陽は照れたように私から目を逸らし部屋を出ていった。(アイツってたまにいい所あるよね。それにしても何企んでるんだろう。)「ご飯出来たわよー!」「はーい」(まぁいっか。)

翌日、学校から帰ってきた私は太陽の部屋に向かった。「太陽いる?」ドアを開けると太陽の姿は見当たらなかった。太陽の部屋はグレー1色に染まっていて、大人っぽい雰囲気だ。本棚には参考書やら哲学の本やら端から端までぎっしり入っている。机の上には必要最低限のものしか置かれていない。(太陽が来るまで少し休んでよう。)ベッドで少し横になるつもりだった。けど、だんだんと瞼が重くなりいつの間にか寝てしまった。「…姉ちゃん?…起きないとイタズラするぞ?…」(…太陽…?)うっすら目を開けると目の前に太陽の顔が近くにあった。まつ毛が長くてキリッとした輪郭。次の瞬間唇に何かが当たった。それを認識するまでに数秒もかからなかった。(今、キス…された…?やだっ!気持ち悪い!)「おい、いい加減起きろよ!」「触らないで!」伸びてきた手を思い切り振り払って部屋を飛び出した。「何だよ…起きてたんじゃん。」私は家を出て近くの公園に向かった。水道で口をゆすいだ。涙が止まらなかった。実の弟にキスをされてショックだからか、ファーストキスを奪われて怒っているのか涙を流している理由はよく分からない。「大丈夫?」袖で顔を拭いていると若いお姉さんがハンカチを差し出した。
「ありがとうございます。」私はハンカチを受け取り涙を拭い、ポケットにしまった。「具合、大丈夫?」「え?」「泣いてたから具合悪いのかと思って。」「あ、もう大丈夫です。生理痛が酷くて…」太陽のことはバレたらいけない気がして嘘をついた。「そう。女の子は大変だよね。」若いお姉さんは何も疑わない。「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」「そういえばまだ名乗ってなかったね。葵です。」「葵さん…」(どこかで聞いたことがあるような…)「私はニノ島愛です。」「愛ちゃんね!」(綺麗な人だな。)葵さんの髪の毛は風と共に左右にゆっくり揺れていて長い髪の毛が夕日の光で透けている。水色のワンピースが似合っていて清楚な大人の女性という感じがする。「あの、また明日同じ時間にここに来れますか?」「え?来れるけど…」「ではまた明日!さよなら」私は逃げるようにその場を去った。夕焼けチャイムがちょうど鳴って公園で遊んでいる子供たちがいっせいに帰り始める。私の心は何故かドキドキしていた。

「ただいま」玄関のドアを開けるとリビングのソファに太陽が座っていた。「お母さんは?」「まだ帰ってない」「そっか」「姉ちゃん、さっきはごめん!やりすぎた。」「ううん、うっかり寝てた私も悪いし。でも、もうあんなことしないでね!次やったら承知しないから!」涙目になって反省してる太陽を見たら怒りたくても怒れなかった。あんなに小さくなってる太陽を見るの初めてだ。「分かってる。もうあんな馬鹿なことはしないよ」お互いに見つめ合って微笑んだ。
「ねぇ、勉強教えて」「うん!」私たちは太陽の部屋に向かった。「これ、次のテスト範囲だから。やってみて」「何これ?あんたが作ったの?」「うん、予想問題だけどほとんど当たるよ。」「凄いね!」太陽から数枚のプリントを受け取り、問題を解き始めた。その間太陽は自分の勉強をしている。
数分後…「終わった〜!」「おつかれ」解答用紙を太陽に渡し、丸つけを始めた。「いつもそうやってるの?」「何が?」「自分で予想問題を作って答え合わせしてるの?」「うん、そうだよ。」「頭良いね!その方法自分で考えたの?」太陽は一瞬チラっと私の方を見てすぐにプリントの方を見た。「違うよ。好きな人がこうやってたんだ。」「え?あんたって好きな人…」「はい、採点終わったよ。」「ありがとう」「基本はちゃんとできてるし、応用問題もほとんどできてるよ。凡ミスが少し目立つくらいかな。」「ありがとう」「今日はここまでにしよう。間違えたところは自分でまた解き直して、分からない問題があったら聞きに来て。」「分かった。」私はプリントを持って自分の部屋に戻った。ベッドに横になって葵さんから借りているハンカチを出した。思い出すだけでドキドキしてソワソワする。プルルル、プルルル机の上に置いてあるスマホが鳴った。(隼人?)「もしもし?」『もしもし?愛?』「うん、どうしたの?」『久しぶりに愛の声が聞きたくなって』「何それ?フフッ隼人らしいね!」『元気か?ちゃんと飯食ってる??』「ちゃんと食べてるよ!隼人も元気?」『うん』「久しぶりだね。5年ぶりだっけ?」『小3の頃に引っ越したから6年ぶりだよ!』「そうだっけ?もうそんなに経つんだね。」『うん。あ、そうだ。最近また近くに引っ越してきたから会おうよ!』「うん、いいよ!いつ会う?」『じゃあ今週の日曜日!』「おけ!時間は10時でいい?」『うん。待ち合わせ場所は公園な!』「了解!じゃあね」「うん」トントン「どうぞ〜」「姉ちゃん機嫌いいね。誰と話してたの?」「隼人だよ」「隼人って小さい頃引っ越しちゃった人?」「そう。あんたも昔遊んだでしょ!」「うん」「最近引っ越してきたから日曜日会う約束をしたの。一緒に来る?」「いや、俺はいいや。他の約束があるから」「そう、でどうしたの?」「え?」「なんか話があるんじゃないの?」「いや、別にない」「ふーん、変なの」「母さん帰ってきたから。」「分かった」「姉ちゃん」「ん?」「俺が教えてること内緒にしてね」「なんで?」「俺が教えてることバレたら母さん怒るかもしれないから」「…分かった」(なんで怒るんだろう)「お母さんおかえりなさい」「ただいま、勉強はしてる?」「うん」「もっと頑張りなさいよ。」「うん」「母さん夕飯何?」「今日はギョーザよ。」「まじ!?超嬉しい」「太陽、昔から好きだもんね。」「うん!姉ちゃんも好きでしょ?」「え?あ、うん」「2人どっちか先にお風呂入っちゃいなさい」「じゃあ俺先に入っていい?」「うん、いいよ」「じゃあ、私勉強してくるね」「姉ちゃん、頑張ってね!」「ありがとう」

翌日の夕方、私は昨日よりも少し早めに公園に来た。(まだ来てないみたい。)私はホッとして近くのベンチに座った。小学生くらいの子達が鬼ごっこで遊んでいる。「お待たせ!」後ろを振り向くと葵さんが立っていた。「待った?」「いえ、今来たばかりです。」「良かった!お隣座ってもいいかな」「もちろんです」私は少し左にズレた。
「あの、これを返したくて」ポケットに閉まっていたハンカチを手に取り葵さんに渡した。「あぁ、これね。別に返さなくても良かったのに。」「大切なハンカチじゃないんですか?」「え?なんで?」「だって刺繍で書かれてるイニシャルがボロボロになるまで使われてるから…大事な物なのかと思って…」「やだ、恥ずかしいね。いい歳した女がこんなボロいハンカチを使ってるなんて笑っちゃうよね」「そんなことないです!何かを大切にすることってとても素敵だと思います。」「ありがとう」葵さんさんは満面な笑みを浮かべてニコッと笑った。その顔はすごく綺麗で何故か胸がズキズキ痛んだ。「今日はありがとうございました。それでは」「うん、じゃあね」葵さんと別れて家に帰る途中またどこかでいつか会える気がした。でも、そのいつかがこんなに早く来るとは私は思いもよらなかった。

日曜日、私は約束の時間よりも10分早く来た。あの日、隼人が引っ越す前日の日私はこの公園で隼人に告られた。その時の私は恋愛なんて知らなかったし、隼人のことはずっと友達だと思ってたから振った。(隼人は覚えてるかな、、、)「お待たせ!」振り向くと制服姿の隼人が駆け寄ってきた。「結構待った?「ううん、今さっき来たところ。」「そっか。ならよかった。」「うん。この後学校?「うん、これから部活。」「そうなんだ。引っ越してきたばかりなのに大丈夫?」「うん、そんなにハードじゃないから。片付けもほとんど終わってるし」「そう。言ってくれれば手伝ったのに。」「それは頼めないな」「どうして?」「だって思春期真っ只中の男子中学生の部屋を簡単に入れられないだろ?」「あ、もしかしてやらしいほんとか持ってるの〜?」私は下から隼人の顔を覗き込むように前屈みになった。「まぁ、そんな感じかな。」悪戯っぽく笑った表情は大人っぽく見えて少し遠くの人に感じた。「ねぇ、彼女、できた、、?」「なんだよ急に。俺に彼女ができるわけないだろ?」「好きな人は?」「いないよ。」「そっか」「そういう愛はどうなの?」「私?私は全く縁がないね。ずっと勉強しかしてなかったし。」「愛らしいね。」太陽の光が木々を透かして生暖かい風が肌に触れ心地が良かった。「あのさ、明日俺の家に来ない?」「え?」「あ、もちろん2人きりじゃないよ。姉ちゃんもいるし。」「お姉さん?」「うん、昔たまに一緒に遊んだことがあるけど覚えてないよね。まぁ、強制じゃないから良かったらきて。場所はメールで送ったから。」「分かった。」「じゃあ、俺もう行くね。」「え?もう行っちゃうの?」「うん。今日は会えて嬉しかったよ。またね。」「うん。バイバイ」
帰り道、隼人の姉のことを考えた。幼い頃に一緒に遊んだことは覚えているが、顔も名前も思い出せない。(名前…聞いとけば良かった)「おい、ぼーっしてるとぶつかるぞ!」「え?…っ痛!…っう」「ぷっっっだから言ったのに、、、相変わらずバカだなー」頭を抱えながら顔を上げると目の前には電柱が立っている。どうやら私は電柱にぶつかったらしい。そして、その横ではいつまでも笑っている太陽の姿が見える。「もうっ!何でこんな所に電柱なんか立ってるのよ!」「ぷっ!電柱に怒ってやがる」「うるさいなー、てか笑う前になんか言うことあるでしょ!」「え?あー、ありがとう。こんな面白いものを見せてくれて」「はぁー??違うでしょ!目の前でこんなに痛がってる人を見たら普通は大丈夫?でしょ!もうっ!ほんと嫌なやつ」ずっと笑っている太陽を置いて私は早足で家に帰った。後ろで何か言ってるけど全部シカトしてやった。

その日の夜、私は隼人に明日行くメールをした。隼人は明日も部活があるらしく約束の時間は16時に決まった。